ヨーロッパ音楽旅 2 ウィーン 2012

目的
失業旅行

 

いえ、「卒業」旅行ではありません。シツギョウです。

パリ旅の2ヶ月後、スズキを悲劇が襲った。当時の勤務先は外資企業でリストラが激しかった。翻訳というあまり重要でないポジションにいるわたしは当然リストラ対象なのだろう。分かってはいたが、ついに来たか。

履歴書を用意するより先に素早く旅行の手配を完了させた。音楽好きのわたしがパリの次に向かう先はウィーン。迷いはなかった。

 

時期
2012年6月

 

旅サマリー

旅の出発まで1ヶ月もなかったが、一応図書館でドイツ語の会話テキストを借りてきた。鑑賞の予習も限られた時間で進めた。

 

ウィーンでの音楽鑑賞は次の通り。

  • モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」(ウィーン国立歌劇場)
  • サイモン・ラトル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(楽友協会 大ホール) 
  • ボロディン弦楽四重奏団(楽友協会 小ホール) 
  • ダニエル・バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリン(楽友協会 大ホール)
  • アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル(コンチェルトハウス)

 

わたしの音楽人生における唯一の大失敗をしてしまった。

 

ルンルン気分で歌劇場に向かったのだが、入り口周辺がヤケに静かだった。おかしい。もうすぐオペラが始まるのに。外にはスクリーンがあって誰でもリアルタイムでオペラの映像や音楽を楽しめるのだが(さすが音楽の街!)、そこから何故かモーツァルト「フィガロの結婚」が聴こえてくる。開演直前なのに? いや、そんなはずない。

 

嫌な予感。

チケットを確認してみた。

 

「開演18時30分」

 

ガーーン・・・ 1時間まちがえていた。

もう19時過ぎ。

うわーーん・・・(スズキ号泣)

 

全4幕の比較的長い作品だったので聴き逃したのは第1幕のみ。でも、序曲だって好きだったのに。ちゃんと予習してきたのに。この場所でこの作品を鑑賞するのは一生で一度きりかもしれないのに。ああ、いつもとても慎重なスズキなのに、なんで、なんで・・・

 

さあ、気を取り直して話を続けましょう。

 

ウィーンには楽友協会という黄金の内装のコンサートホールがあります。ここを本拠地にしているのが世界の名オーケストラの1つ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。来日公演は高額すぎて買う気になったことは一度もない。ウィーンでの定期公演は定期会員でほぼ埋まるので直前に購入することは難しい。わたしは立見席でも買ってみようかと思っていたのだが、念のためキャンセルされたチケットがないか確認するためにウィーンフィル事務局を訪れてみた。

 

奇跡的に1枚だけあった!

 

こうして最初で最後かもしれないウィーンフィルを座って聴くことになった。指揮はウィーンではなくベルリンで活躍中のサー・サイモン・ラトル。演奏されたのはブラームス、ヴェーベルン、シューマン。自分のような、まだクラシック音楽鑑賞歴の短い人間が、こんなコンサートに恵まれるなんて。バチが当たるかもしれないと思った。ブラームスのときは落涙してしまった。

 

この週、ベルリンからウィーンに来ていたのはラトル氏だけではなかった。ベルリンの歌劇場専属オーケストラであるシュターツカペレ・ベルリンも同じ黄金の楽友協会ホールで演奏したのだが、こちらは楽友協会のサイトから余裕でチケットを買えた。演奏されたブルックナーの交響曲第7番は予習段階から猛烈に気に入り、生演奏でさらに興奮した。クラシック音楽ファンには熱狂的なブルックナー好きもいる。「ブルオタ」と言う。自分にとっては、このときが、ほぼ初ブルックナーだった。(わたしは結局ブルオタにはならなかった。)

 

再び奇跡があった。わたしはドイツ語超初級者だったが、指揮者のサイン会を知らせるドイツ語の張り紙に気付いた。そこでバレンボイム指揮のブルックナーの交響曲第7番のCDを買ってバレンボイム氏からサインをいただいた。バレンボイムのサイン会など日本ではやらないだろう。彼は間違いなく現在のクラシック音楽界における大物で重鎮の1人。それなのに、当時のわたしは何となく彼の名前を知っているという程度だった。一緒にセルフィーで写真を撮ってもらった。(直接お願いしたところ、フラッシュ無しならOKとのことだった。)今なら、恐れ多くて絶対にそのようなお願いはできない。サインだけでも貴重なのに、一緒にお写真まで。無知が故の幸運・・・

 

自慢の旅プランは音楽鑑賞だけではない。

 

ウィーンに本店があるピアノメーカー、ベーゼンドルファーの本店練習スタジオを借りてピアノを弾いたり、ベートーヴェンが住んだ家(パスクァラティハウス)を訪問したり、ベートーヴェンの散歩道を散歩したり、ウィーンゆかりの作曲家のお墓参りに行ったり、「黄金のキャベツ」の建物で世紀末ウィーンの画家クリムトの「ベートーヴェンフリース」を観たり。

お墓参りにも行った。 

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クラシック音楽ファンのヨーロッパ旅といえば、お墓参りは定番だ。

 

さらに、隣国スロヴァキアの首都ブラチスラヴァが、ウィーンからバスで1時間程度ということを知り、日帰りで行ってみたり。

 

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この街には隠し撮りする男や半分地面に埋まったままの男がいる。

 

振り返ってみればパリでは少々ビビっていたのだが、ウィーンでは開放感を楽しんだ。3月のパリは寒かったが、6月のウィーンはほとんど真夏で暑かった。パリでは飲食店に入るのも緊張したが、ウィーンでは余裕で入れた。旅に慣れたから?季節が違うから?ウィーンはパリよりのんびりしているから?

 

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(しかし、なんでヨーロッパの一部では、真横からフォークをグサっと刺した状態でケーキが出てくるのだろう。)

 

パリ旅より更にパワーアップした旅だった。我ながら旅の企画が上手い。雇用止めを言い渡されて急に思いついた旅だったが、かなり濃い音楽旅となった。

 

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成果

青い空とカラフルな花々。ヨーロッパの夏は明るい。とても幸せな旅だったが、心の一部に残った悲しみは拭えなかった。

 

帰国したら失業者。仕事が決まらなければ二度とヨーロッパ旅には行けないかもしれない。それどころか、せっかく買ったピアノを処分して楽器禁止の安いアパートに移り住まなければいけないかもしれない。仕事が決まったとしても、激務だったらコンサートにも行きにくい。夏休みを1週間取ることも無理かもしれない。日本は嫌な社会だと思った。

 

ウィーン到着早々、スパーという名のスーパーで、なぜかオペラ好きのおじさまに話しかけられた。歌劇場の立見席の常連だというおじさまは、オペラ歌手に親しみを持っていることや、立見席の魅力(歌手と同じ目線の高さなんだぜ!とか)について語った。なぜわたしに話しかけてきたのかは分からない。わたしの顔に「オペラ好き」と書いてあったのだろうか。

 

シューベルト、ベートーヴェン、ブラームスなどの墓がある中央墓地から、マーラーの墓を目指して路面電車に乗ったときは、詩人好きのおじさまに話しかけられた。おじさまはクラシック音楽も好きで、マーラーは好きではないけど、シューベルトやブルックナーがお気に入りだそう。わざわざわたしに紙とペンを出させて好きな詩人の名前を書いてくれた。

・ライナー・マリア・リルケ(オーストリア 1875-1926)

・フリードリヒ・ヘルダーリン(ドイツ 1770-1843)

 

パリでもそうだったが、ヨーロッパではコンサートで隣の席の人と会話することもある。いつも必ずというわけではないが、日本のコンサートよりは会話のチャンスが多い。ピアノを練習したベーゼンドルファーでも店員と会話を楽しんだ。

 

ウィーンは人間が人間らしく生きていけるところらしい。わたしは、日本ではなくオーストリアに生まれれば良かったと思った。

 

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