ヨーロッパ音楽旅 5 北ドイツ(シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭) 2016

目的
友だちに会いに

 

時期
2016年7月

 

旅サマリー

ドイツの友人Bちゃんから嬉しい招待を受けた。Bちゃんが住む地域でも音楽祭があるから是非遊びに来てとのこと。

 

高校生のとき、わたしは交換留学プログラムに参加して1年間アメリカのシアトル近郊の高校に通った。高校は違ったが同じプログラムに参加していたドイツ人のBちゃんとは、留学生向けのイベントでよく会っていた。十数年ぶりの再会になる。

 

Bちゃんは旦那さんと5歳の娘と北ドイツで暮らしていた。一家は旅行が好き。お気に入りの旅先はタイ。音楽を追いかけて何度もヨーロッパを旅し、ついにはドイツ語まで学ぶようになったわたしを招待しない手はないと思ったらしい。

 

北ドイツの「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭」の存在は知っていた。広い州内の各地で演奏されるので公共交通機関での一人旅は難しい。小さな町の教会やお城、貴族の屋敷、農場の脇の小屋など、おもしろそうではあるがアクセスしにくいのではどうしようもない。わざわざBちゃんの家まで押しかけていって、泊めてもらって、さらに「車で送って」と言うのも厚かましい。そう思っていたら、Bちゃんの方から招待してくれたのだ。有り難く招待を受けることにした。

 

Bちゃんも一緒にコンサートに行ってくれる。彼女はクラシック音楽を聴きに行くのは初めて。ただ、この地域に生まれ育ったので、音楽祭の存在は子どものときから知っていて、いつか行ってみたいと思っていたと言う。そうか、スズキがきっかけでその夢が叶うのか。それは嬉しい。(でも、いつでも音楽祭に行けたのに、何かきっかけがないと行かないのね。そういう人々も多い。ヨーロッパに限らず日本でも。)

 

 

旅の前半は寒かった。真夏なのに暖房オン。そんな寒い日に、もともと工場だった建物(つまり広くて冷える)でハイドンのオラトリオ「四季」を聴いた。この建物は毎年夏に現代アートの展示イベントNordArtの会場として使われている。建物内は大胆な現代アートだらけ。音楽祭のユニークな会場の1つ。

 

アートに囲まれてコンサート鑑賞。良かったらちょっと様子を見てみてください。この動画は2日連続公演のうちの2日目で曇り。1日目にわたしたちが聴いたときは雨だった。


»The Big Seasons« - Ein Fest zum 30. Geburtstag des SHMF

 

「四季」は予習して行ったのだが、特別出演の俳優によるナレーションがすべてドイツ語でわたしにはわかりにくい。ハイドンが書いた手紙が読まれた。でも、このときは寒くて寝不足で眠くて。

面白かったのは「夏」のとき。灼熱の太陽に照らされて暑くて干からびてしまいそうな場面なのに、外で思いっきり雨が降った。工場の屋根にタイミング良く叩きつける雨音がアート空間に響く。ザー!ザー!ザー!

「秋」のワイン騒ぎも楽しい。「ユッヘ♪ユッヘ♪」と酔っ払いが歌う。

 

 

翌日、Bちゃん一家と海岸の町エッカーンフェルデで散歩した。ふらりと入った教会で小オルガンを眺めていたら、「音を聴いてみたいか?」と教会のスタッフが声をかけてくれた。

 

彼は、わたしが日本から来たということに驚いていた。ドイツでは、いやヨーロッパどこでもそうかもしれないが、一部の大都市観光地以外では、アジア系と遭遇しても旅行者ではなく長期でヨーロッパに住んでいる人だと思うらしい。

 

このスタッフと音楽の話が弾み、オルガンを弾かせてもらった後、教会のピアノも弾いて良いと言ってくれた。楽譜がないと弾けないと言ったら、自分の楽譜を奥から持ってきてくれた。

 

「モントシャインはどうかい?」

 

おお、モントシャインね。つまりベートーヴェンの月光ね。それなら少し弾けそう。

 

こうしてわたしは何故か北ドイツの田舎の教会で、見知らぬ人と一緒に、小さなパイプオルガンでバッハを弾いたり、普段はご縁のない高級ピアノのベヒシュタインで月光を弾いたり、お返しに弾いてくれたモーツァルトを聴いたりして遊んだ。

 

もらったパンフレットによると彼の仕事は「聖具保管担当者」というらしい。思いがけずステキな時間を楽しんだ。聖具保管担当者も音楽好きスズキの突然の訪問を楽しんでくれたようだ。日本人と話すのは初めてだとか。

 

わたしがピアノを弾いていたとき、彼は少しおかしなことを言っていたらしい。

 

Bちゃんが言うには、たまたま教会を訪れた他の人に「あのピアノ自分も弾いていい?」と訊かれたとき「いいえ、ダメです。あのピアノを弾いていいのはプロだけです。ここではいま弾いているあの子とわたしだけです。」と言ったそうだ。

 

ぷぷぷ。なるほど、それで、たまたま訪問していた人々はわたしの演奏に不思議そうな顔で拍手してくれたのか。「これがプロの演奏か?」と疑問に思っただろう。(そりゃそうだ。プロには程遠い。)

 

 

次の日、Bちゃんとわたしは北ドイツの港町リューベックに行った。ハンザ同盟の自由都市として今も誇り高いリューベック。上部が階段風のデザインの建物が並んでいる。かつて貿易で栄えた町らしく、レンガ倉庫も並んでいる。2人で町歩きツアーに参加したり、マジパン(マルチパン=アーモンドを練ったお菓子)の店ニーダーエッガーに行ったり、マリエン教会に行ったり。

 

白くて高い天井の空間が印象的だったこの教会こそ、若きバッハが作曲家でオルガン奏者のブクステフーデを訪ねて徒歩で旅したときの目的地、ブクステフーデが活躍した教会だった。(ただし、アホなわたしがそれに気付いたのは、教会を後にしてからだった。ああ、ここだったのね!)

 

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それから車で南に向かい、メルンという町で、会ってみたかった人物に会いにいった。彼の名はティル・オイレンシュピーゲル。実在したかどうかは怪しいが、14世紀に活躍した伝説のイタズラっ子で、ここメルンが終焉の地とされている。我々クラシック音楽ファンはリヒャルト・シュトラウス作曲の「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」という曲で彼を知っている。

 

ティルさん、日本から来たスズキです。いやぁ、愉快なお顔ですね!お会いできて嬉しいデス!

 

こうしてようやくわたしたちはコンサート会場であるヴォーターゼンに到着した。黄色い建物は「貴族の館」。コンサートはこの隣の「室内の馬乗り場」で演奏される。

 

Bちゃん曰く “Middle of nowhere!”。 確かに、そのとおり。周りに何も無い田舎。Bちゃんが車で連れてきてくれなかったら絶対に行けなかった場所。ぐすん。ありがとう。

 

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シューベルト

 弦楽四重奏曲第12番「断章」D703

ヴァインベルク

 ピアノ五重奏曲 作品18

ブラームス

 ピアノ五重奏曲 作品34

 

アンドラーシュ・シフ(ピアノ)

エルサレム弦楽四重奏団

 

ブラームスのピアノ五重奏曲はもともと好きな曲。初めて室内楽の楽譜を買って気合いを入れて予習した。演奏について具体的にコメントするのは難しいのだが、大満足で楽しんだ。

 

アンドラーシュ・シフの演奏を聴くのは3回目。すべてヨーロッパ旅で。来日公演には一度も行っていない。ヨーロッパでご縁のある方だとわたしは思っている。彼はこの年、この音楽祭のメイン・アーティストとして複数回公演を行っていたのだが、シューベルティアーデを含む他地域の音楽祭にも出演。年がら年中、世界各地で目立つイベントに出ている一方、マスタークラスでも教えている。多忙な方だ。どうしたらこんなに活動できるのだろうか。

 

前回、シューベルティアーデで聴いたような「おもしろい」ピアノではなく、「真面目な、いつもの」シフさんという感じだった。

 

終演後の夜10時はまだ薄っすら明るい北ドイツの夏。

 

 

旅の最後のコンサートはハイデという町の教会。ここはハンブルク生まれの作曲家ヨハネス・ブラームスの父親の出身地。「ブラームスハウス」(博物館)がある。ブラームスはわたしの好きな作曲家の1人でもある。このブラームスハウスでピアノレッスンを受けている生徒がいて、たまたま見学することができた。アジア(たぶん韓国?)から来た女性2人だった。学生というよりは社会人か?曲はわたしも弾いたことがあるモーツァルトのソナタ。英語もあまり通じていなく、もどかしそうだが、ドイツ人の先生は根気強く丁寧に教えていた。いいなぁ、わたしもいつかここでレッスンを受けたい。

 

ここでわたしは意外な事実を知った。ブラームスの両親は年齢差17歳。年上なのは父ではなく母。最初の子ヨハネスが生まれたとき、母は44歳。当時としては珍しかったはず。いったい夫婦の間にどのようなドラマがあったのだろう!?(落ち着けスズキ)

 

20歳から晩年までのブラームスの写真を時系列に並べたものがあった。ブラームス20歳の頃の写真をわたしは気に入っている。早熟な才能を見せていたのだが、まだ子どものようでかわいらしい。この頃、シューマン、クララ、ヨアヒムと出会い、それから大きく音楽人生が花開き、その後ウィーンに移り住み、ウィーンに没する。気難しいところや不器用なところもあるが、優しくて繊細な人。わたしの好きな作曲家。(大好きなシューベルトさんが拗ねるといけないから、これぐらいにしよう。)

 

オランダ移民の街フリードリッヒシュタットを散策。それから、ザンクト・ペーターオルディングの海岸でのんびりした。ドイツの国土のうち、海に面しているのは北のごく一部。たぶんBちゃんのような北ドイツ出身者は海がある地域ということに誇りを持っている。

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ハイデに戻り、コンサート会場になっている教会に向かった。

 

音楽祭の今年のテーマ作曲家はハイドン。実は数日前に聴いた「四季」は内容があまりにも「良い子」でわたしにとっては少し退屈な曲だった。それとは違い、この教会コンサートで聴いたハイドン歌曲は独特でおもしろくて気に入っている。今でもたまにCDを聴く。

 

テノール歌手のヴェルナー・ギュラが歌い、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの伴奏が入る特殊な構成。スコットランドの歌をハイドンが編曲した375曲のうちの数曲。ハイドンは60歳ぐらいで初めてイギリスを訪問したのだが、スコットランドには行っていない。一連の作品は依頼を受けて編曲したとのこと。歌詞は英語のようだが、発音が一部ドイツ語風。「ライト」が「リヒト」だったり「ナイト」が「ニヒト」だったり。じつはスコットランド語なのだ。確か、北ドイツのドイツ語(低地ドイツ語)とスコットランド語、それに古英語は言語的に近い関係だったはず。この辺を調べてみるとおもしろそうだ。

 

曲を紹介したいが、長くなってしまうのでまたの機会にしよう。1つだけ紹介するなら、Jenny's Bawbee がおもしろい。内容は英語(というかスコットランド語)の詩もドイツ語訳も、わたしにはよくわからないのだが、主役は女の子で、テノール歌手のギュラが女の子の喋りを真似て歌うのが面白すぎる。オネエ役などやらせたら、きっと右に出る者はいない。うまい。わたしはヴェルナー・ギュラが気に入った。このオネエ的な歌いっぷりは最高に楽しい。この曲の前にギュラは詩のドイツ語訳を読み上げたのだが、読み方が惚れ惚れするぐらい上手い。才能豊かな人だと思う。役者のようだ。彼の声質は飛びぬけて明るい。お客さんも大ウケ。また機会があれば是非とも聴きたい歌手だ。

 

終演後、スズキは幸運にもビール片手にリラックスするギュラ氏をつかまえて喋った。すかさずBちゃんが「写真でも」と言った。この個人的に大注目のテノール歌手とのツーショットは、この後にBちゃんから送られてきた旅の思い出の写真アルバムにバッチリ入っている。(少し恥ずかしいわ!)

 

ヴェルナー・ギュラ(テノール)のハイドン「スコットランド歌曲集」CDについて、やっと記事を書きました。

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最終日は夕方の飛行機の時間までハンブルクで遊ぶ。あっという間の1週間だった。ドイツ到着から数日はあんなに寒かったのに、旅の後半は倒れそうなほど暑かった。直射日光がギラギラ強い中、観光フェリーで港をぐるりと廻った。ほぼ完成したクラシック音楽ホール「エルプフィルハーモニー」も見えた。

 

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熱中症になりそうだったが時間は限られている。急いでブラームス博物館に行った。ハイデのブラームスハウスより、こちらの方が有名なのかもしれないが、どちらも同じぐらい小さな博物館だった。

 

張り切ってドイツ語で「ブラームスさんが好きです!イッヒ・リーベ・ブラームス」と言ったのだが、何故か博物館スタッフのおじさまは固まってしまった。

 

そして彼は言った。「わたしは妻を愛しています イッヒ・リーベ・マイネ・フラウ」。

 

ん?「イッヒ・リーベ・ブラームス」は強すぎる表現だったのかしら?おじさまはビックリしてしまったらしい。

 

おじさまは良い人だった。博物館にあるピアノを弾かせてくれた。ブラームスのピアノではないが、ブラームスの生徒のピアノだったので、ブラームスもレッスンで弾いたことがあるという。ええ!?いいの?!なんという幸運!

 

が、しかし、やはり楽譜がないと何も弾けない。訊いてみると、ピアノの楽譜はあまりないが室内楽の楽譜ならあるとのこと。ん?では、もしかしてピアノ五重奏曲も?

 

こうしてわたしはコンサートの予習として楽譜を買って弾いていた曲を、ブラームスが使用したピアノで弾くことができた。日本の博物館では、絶対にこのようなことはさせてもらえないはず。Bちゃんがいつの間にかわたしのスマホで録画してくれていた。うまくは弾けなかったが、少しだけ聴いてみたい?

 


Germany 2016 306

 

 

成果

特に新しい道が開けたというわけではないが、やはり知らない土地を旅するのは楽しい。音楽を追いかけていたから、十数年ぶりに友人とも再会できた。

 

珍しく、1人ではない旅を楽しんだ。これまでの音楽旅は現地で人と少し交流することはあっても、基本的に1人で行動していた。今回は人の家に泊めてもらい、常に人と一緒に行動した。自分にとってストレスにならないか心配だったが、とても快適に過ごすことができた。わたしという個人を最大限に尊重してくれたBちゃんとBちゃん一家のお陰だ。理解ある旦那さんとシャイでかわいらしい小さな娘さんとの交流も良い思い出。

 

旅の反省として毎回同じことを思うのだが、ドイツ語の運用能力をもっと伸ばしたい。旅の直前に受けたドイツ語検定2級は合格だった。ただ、検定はほとんど四択問題で難しくはない。実践とはほとんど関係ない。ここまでやっても、結局自分のドイツ語は片言レベルだった。でも、片言レベルでも出来ることはある。無駄とは思わない。それでも、いい加減そろそろ片言レベルから脱したい。

 

Bちゃんは「もっと喜んでもらいたいの!どうすればもっと喜んでくれる?」と、驚きの素直さでわたしに言った。日本の一方的な「おもてなし」とは全く異なるアプローチは新鮮だった。

 

帰国後、公私共にボタンを押せば動くだけの便利なマシーンとして生きる生活が戻ると、わたしは激しく落ち込んでしまった。そしてついに狂ったように連続して旅に出た。

 

ところで、Bちゃんは地方公務員で、旦那さんは雇われ料理人。滞在中はわたしも旦那さんの凝った料理を堪能した。音楽の次に興味あるのは「食」と言うと、2人とも喜んでくれた。この夫婦が、ヴァカンスとして子どもを連れて3週間もタイに行くという。それがドイツでは普通。日本ではそんな休暇は絶対に無理。こんな点でも、日本は悪い国だと思った。

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