ピアニスト フランク・ブラレイ わたしの好きなピアニスト第1号

Frank Braley 
1968年、パリ郊外コルベイユ=エソンヌに生まれる 

 

2008年に見たコンサートチラシをまだ覚えている。オレンジ色のシャツを着たボリュームある長い髪の男。そのときは興味なかった。今でも、そんなチラシを見ても知らないピアニストなら興味を持たないだろう。(なんと勿体無いことだろう!!)

 

2011年の地震と原発事故の後、海外の演奏家の来日キャンセルが相次いだ。毎年ゴールデンウィークに東京国際フォーラムで開催されている音楽祭ラ・フォル・ジュルネも規模を縮小して開催することになった。

 

フランク・ブラレイはこの音楽祭の常連だった時期もあるが、震災の頃は出ていなかった。来日キャンセルが相次いでいるという話を知って、自ら望んで出演を申し出て、キャンセルした演奏家の穴を埋めてくれた。暇だったというわけではない。音楽祭の前後にも海外での演奏予定があり、それなりに忙しそうだった。

 

あのチラシの人か。いい人なのだろう。聴きに行こう。

 

聴いたのはブラームスのピアノ五重奏曲だった。派手な演奏を想定していたわたしは拍子抜けしてしまった。端正で洗練されたピアノだった。やっぱりこれは好きな曲だ。そう思ってホールを出た。曲ではなく、ピアニストが気になってきたのは、少し時間が経ってからだった。

 

音楽祭の最終日、せっかくだから記念にピアニストのCDを買うべきだと思ったのだが、急に来日した彼のCDは音楽祭のCD売場にはほとんどなかった。何とかして見つけ出したのがこのCDだった。

リヒャルト・シュトラウス

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当時のわたしは、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「サロメ」を知ったばかりだった。気になる作曲家だったのだが、ピアノ曲があったなんて少しも知らなかった。そして、曲と演奏にあっという間に魅了された。

 

こんな曲に出会ってしまうとは。こんなものに導いてくれるなんて、このピアニストは凄いのかもしれない。ようやくそう確信した。

 

それからインターネット上にある情報はすべて読みあさった。動画はすべて再生した。

 

ブラレイさんは幼い頃からピアノ一筋だったわけではない。

 

10歳でオーケストラと協演したと書かれているが、その後に彼が進路として選んだのは音楽ではなく自然科学だか物理だか・・・資料により若干ブレがあるが、とにかく理系の大学だった。数学や天文学にも興味があったという話も読んだことがあるし、音楽もジャズやロックなど幅広く楽しんでいた。その他にもいくつか情報を読んだことがあるが、今となっては情報源もよくわからないので伏せておく。

 

その10歳のときの演奏音源をフランスのラジオで聴いたことがある。フンメルのピアノ協奏曲だった。あれを聴くと誰もがビックリするだろう。天才少年らしく自由に楽しく弾いているというわけではなく、先生に言われた通りに弾いているというわけでもなく、自分なりに曲を理解し自分が望む音を選んで弾いているという感じの演奏だった。それだけ才能があるのに音楽の道を選ばなかったとは。

 

一旦は理系の大学に入ったものの、なぜか進路を変更してパリ国立高等音楽院で3年ぐらいピアノに専念し、世界三大ピアノコンクールの1つであるエリザベート王妃国際音楽コンクール(ベルギー)で優勝する。ほんの3年前まで全く違う分野を目指していた人が、子ども時代からピアノ三昧でコンクール常連だったライバルたちを制して、主要コンクールで優勝を勝ち取ったのだ。

 

才能を見出し、チャンスを与えることこそ、コンクールの意義なのだろう。それが有効に機能した例と言える。コンクールの結果がどうであれ、他のピアニストたちは引き続きピアノ専門の道を進むだろう。ブラレイさんの場合は、まったく別の分野で活躍する「ピアノが趣味の人」になっていたかもしれない。その場合、きっと日本にいるわたしたちは彼の演奏も存在も知ることはない。コンクールだけが大事とは言わないが、彼がコンクールで優勝してくれて良かった。

 

ブラレイのコンクールでの演奏をCDで聴ける。YouTubeでもベートーヴェンのピアノ協奏曲が聴ける。以前入手したコンクールCDには、モーツァルトのピアノソナタKV332しか入っていなかったのだが、わたしはこのモーツァルトの演奏にひどく感心してしまった。コンクールらしく緊張感のある演奏なのだが、第2楽章が見事に表現されていて、勝者の貫禄さえ感じる。(もちろん、わたしも真似して弾いてみようと頑張ってみた・・・)

少し前に出た新しいコンクールCDにはベートーヴェン協奏曲、モーツァルトソナタ、他にも興味深い数曲が入っている。

エリザベート王妃国際音楽コンクール1991年

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この表現力はどこから来るのか。そんなもの、わたしの知ったことではない。わたしがどれだけ調べても到達できない、本人だけが知る秘密の部分もあるのだろう。謎めいた部分は残しておこう。

 

わかっている範囲では、ブラレイさんは芸術文化に造詣が深い人であるということ。理数系オンリーな人間ではない。若いとき(子ども時代?)から文学に親しむ読書家であり、映画もよく観たらしい。ちなみに、彼の父は映画製作に携わった人で、ジャン・コクトー原作「恐るべき子どもたち」を映画化したジャン=ピエール・メルヴィル監督の右腕だったそうだ。

 

2011年の夏、わたしはインターネットで南仏の音楽祭の動画を楽しんだ。おもしろかったのは、ブラレイと同門の後輩ダヴィッド・カドゥシュが2人でモーツァルトの2台ピアノのための協奏曲を弾いている映像。同じ師ジャック・ルヴィエについたのに、全然違う演奏スタイルの2人。大きく身体を動かしながら懸命に弾くカドゥシュと涼しげにサラサラ弾くブラレイの対比が笑える。(いや、悪いとは言っていない。カドゥシュも良いピアニストだから。)

 

この音楽祭(ラ・フォル・ジュルネでお馴染みのルネ・マルタン氏によるピアノ中心の音楽祭)でのブラレイのソロ・リサイタルのDVDが素晴らしい。リスト、ドビュッシー、ガーシュインを弾いている。アマゾンUKで入手可能。ただしDVDの再生方式が違うので日本国内のDVDプレーヤーでは再生できない。わたしはパソコンで再生している。

 

同音楽祭では、わたしが楽しんだ2011年の映像の前年にブラレイとヴァイオリニストのルノー・カピュソンがベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全10曲マラソンをやったらしい。(貼り付けた動画は別のときの演奏)

ベートーヴェン

ヴァイオリンとピアノのためのソナタ全集 

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インタビューや一部のプロフィールなどによると、ブラレイはCD録音にそれほど関心がなさそうだ。今後ソロCDが出ないかもしれない点は残念。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタはピアノパートも充実しているので聴き応えある。この録音にブラレイを誘ってくれたルノー・カピュソンに感謝したい。もちろん、その後ベートーヴェンのチェロ曲をブラレイと一緒に録音してくれたルノーの弟、ゴーティエ・カピュソンにも感謝。(まだ買っていないのだが・・・)

 

フランク・ブラレイというピアニストの情報を追いかけてしばらく経つと、気付いてしまった。

 

わたしが知っている世界と、何かが根本的に違う。彼のような人間は日本社会からは絶対に出てこない。日本という国には、わたしが参考にしたくなるような魅力ある人間がいないのだ。なんという残念なことだろう。

 

では、ブラレイさんという人間を育てたフランスとはどういう国なのだろう?フランスを知ることがわたしの人生のヒントになるのでは?

 

わたしはフランスの高級ブランド品には興味はないし、高級料理にも縁がない。フランスに特別に興味を持ったのは初めてかもしれない。それなのに、なぜか調べれば調べるほど共感を覚えるフランス・・・

 

ここまで来ると、やるべきことは1つ。よし、現地を訪問しよう。

 

ちょうどブラレイさんのインタビュー動画を理解したくてフランス語を勉強する必要性を感じていたところだ。語学を勉強すると共に、徹底的にフランスに注目しよう。こうしてパリ旅に向けた6ヶ月プロジェクトが開始した。(スズキの中ではいつも複数のプロジェクトが動いている。)

 

2012年2月に彼は再び来日してガーシュインのピアノ協奏曲とソロリサイタルを弾いた。

 

わたしは最初に手に入れたCDで魅了されたリヒャルト・シュトラウスのピアノ曲の楽譜を持ってサイン会に並んだ。この楽譜はブラレイが運指と解説を書いたものだった。楽譜に書いてもらったわたしの名前とブラレイさんのサインは、スマホで撮影して、待受け画面にした。

 

リヒャルト・シュトラウス  

楽譜(画像をクリック)           

ラヴェル&ドビュッシー

CD(画像をクリック)

サイン会のCD売場で買ったのはラヴェルとドビュッシーの曲が入っているこのCDだった。このCDも何度も聴いた。1つだけ紹介する。

 

ブラレイが演奏する「道化師の朝の歌」がスゴイ。道化師は全身全霊で最期の舞いを踊っている。理想的な美しい踊りを披露できて感無量の道化師。眼に涙を溜めて「では皆さん、サヨウナラ」と言って、窓から飛び降りて息絶える・・・なんて勝手に妄想が広がる。聴き手の想像力を刺激する演奏になっている。

 

その来日公演の翌月、スズキはついにパリに旅立った。メインはもちろんブラレイが演奏するコンサートだった。

 

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その後、失業と再就職を経て、再びヨーロッパ音楽旅を考えられるようになったとき、オーストリアのシューベルティアーデという音楽祭が候補に挙がった。ブラレイと仲間達がシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」を演奏することになっていた。これを目当てに行くのなら、それなりに価値のある旅になるはず。思い切って行ってみよう。

 

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 シューベルト「ます」他

CD(画像をクリック)

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実はこのCDに関しては、「ます」より、ヴァイオリンとピアノによる「しぼめる花の変奏曲」を繰り返し聴いている。その繊細な演奏に心が震える。シューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」の中の1曲をテーマにした変奏曲。

 

シューベルティアーデに行ったわたしは新たな興味分野を発見した。それはシューベルト歌曲だった。ブラレイさんを追いかけてシューベルティアーデに行かなかったら、歌曲と出会うタイミングはもっと後だったかもしれない。

 

2015年秋の来日で、ブラレイはガーシュインのラプソディー・イン・ブルーをオーケストラと協演し、横浜でシューベルトを含むソロリサイタルを弾いた。リサイタルで弾いたシューベルトの「楽興の時」とピアノソナタ14番は、やはり、楽譜を買ってわたしも弾いてみた。本当にいい演奏だった。

 

それにしても、シューベルトが得意なのにガーシュインも得意なピアニストは珍しい。ガーシュインはジャズに近いのだが、シューベルトは超クラシック的な作曲家。

ガーシュイン(ピアノソロ)

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このガーシュインCDの最初の曲の最初の部分の和音の響きが爽やか過ぎる。削り出したばかりのカキ氷に真っ青なシロップをかけて、サーっと氷がブルーに染まるようなイメージ。ブラレイさんは和音の音が増えれば増えるほど、ますますスッキリと響かせる。不思議な技としか言えない。

 

 

2016年のラ・フォル・ジュルネ音楽祭のプログラムを見て目を疑った。あの震災直後のラ・フォル・ジュルネ以来、久し振りにブラレイが登場する。同音楽祭の新潟での公演がおもしろそうだったので、急遽新潟に旅することにした。前から2列目で聴いたグリーグのピアノ協奏曲の「意外な」衝撃は一生忘れないだろう。

 

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東京に戻り、同音楽祭の名物「マスタークラス」(プロが学生を指導する公開レッスン)で念願のブラレイ氏によるマスタークラスを見学することができた。ここで彼は幅広い芸術知識をベースに話を展開する。それも、わたしのような素人でも理解できる表現を用いて。ブラレイ先生は、鋭い観察力で学生の演奏や反応を見ながら指導を続けた。さらには、ピアノだけでなく人生のヒントになりそうな助言もあった。(このマスタークラスに関して、別途記事を掲載すべきだろうか・・・)

 

フランク・ブラレイを知った2011年5月の後、彼の音楽活動はますます充実していった。

 

新しい活動の1つはベルギーの室内オーケストラ、ワロニー王立室内管弦楽団の音楽監督に就任したこと。何やら意欲的なプログラムを展開している。

 


Création mondiale de "Contrastes" de Richard Galliano le 15 décembre 2014 : les répétitions

わたし、この動画を見てすぐにアコーディオン奏者リシャール・ガリアーノのブルーノート東京ライブを予約した。

 


Mendelssohn Félix : Concerto pour violon, piano et cordes – ORCW, Renaud Capuçon, Frank Braley

メンデルスゾーンのヴァイオリン、ピアノと弦楽のための協奏曲という曲を初めて知った。昔はメンデルスゾーンには全然興味なかったのだが近年は個人的に大注目の天才作曲家だと思っている。

 


Jarrett (Keith) : Bridge Of Light, pour alto et orchestre - Caussé, Braley, ORCW [LIVE] 4k

ジャズピアニスト・作曲家のキース・ジャレット作曲のヴィオラとオーケストラのための曲があったとは、これまた知らなかった。協演は「ます」でも一緒に演奏しているヴィオラ奏者のジェラール・コセ。

 

もう1つの新しい活動は、彼の母校でもあるパリ国立高等音楽院の教授として後進の指導を始めたこと。マスタークラスでも思ったが、ブラレイさんは指導者に向いている。教授としての活動はファンとしても喜ばしいことだ。わたしは、ブラレイさんに師事したピアニスト岡田奏さんの演奏が好きで何度か聴きに行ったことがある。他にも数人の日本人を含む学生が学んでいるらしい。生徒たちが、ブラレイ先生と出会って良かったと思う。

 

わたしたちはクラシック音楽という大きな流れの中にいる。誰かから影響を受けて、さらに自分を磨き自分の中で発展させて、別の誰かに影響を与える。何百年も繰り返されてきた人間と人間の関係の流れ。クラシック音楽は、そうして受け継がれてきた世界。

 

フランク・ブラレイは、わたしがとことん惚れ込んでいるピアニスト。若いピアニストたちはもちろん、一般の聴衆にも影響を受けてもらいたい。ブラレイ氏ご本人とは何の関係もない、赤の他人であるわたしがこれだけ影響を受けたのだから、同じことが他の誰かにも起こり得る。こうして、身近な人間に限らず、まったくの他人に影響を与えられる人こそ、真のアーティストだと思う。

 

わたしはもう人生なんかくだらないと思って生きているのだが、そんなくだらない人生の中で、素晴らしいと思えることが2つだけある。

 

それは、誰かから影響を受けること。そして、誰かに影響を与えること。

わたしはまだ誰かから影響を受けたいし、誰かに影響を与えたい。

だから、辛うじて生きているのだと思う。

 

来日情報

わたしが知る限り、しばらく来ないと思われる(涙)

 

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