反ナチ運動で処刑された大学生の兄妹 オペラを観てムラ社会日本を嘆く

犠牲になった若い命を救えなかった人々が、何十年も経ってから、こんなストーリーを音楽として鑑賞することに、わたしは言葉にできない胸苦しさを感じるのだが、その苦しさこそ、我々が感じなければいけないものであり、忘れてはいけないものなのだと思う。人間はダメな生き物だから、何度も何度も悪いことを繰り返す。過去の過ちを解決済みのものと捉えてはいけない。人間は学習しない。反省しない。また繰り返す。

 

救えなかったけど、こんな勇気ある人々がいた。

そのことを、わざわざ取り上げるとき、ドイツの人々は誇らしさを感じるだろうか?

いや、むしろ後ろめたさを感じるのでは?

 

でも、その後ろめたさと向き合うことにこそ、意味がある。

何もなかったことにしてはいけない。

それが一番危険だから。

 

教養のないアホなスズキは歌劇「白いバラ」で初めて事件を知った。

 

公演データ

2018年5月26日 サントリーホール

ウド・ツィンマーマン作曲

歌劇「白いバラ」 2名の独唱者と15の器楽アンサンブルのための

指揮:飯森範親

ソプラノ:角田祐子

バリトン:クリスティアン・ミードル

東京交響楽団

 

1943年、ドイツのミュンヘンで、反ナチのビラを撒く活動をしていた大学生のハンス・ショルと妹のゾフィー・ショル、活動メンバーで友人のクリストフ・プロープストが処刑された。活動グループの名前が「白いバラ」”Weisse Rose” だったため、白バラ事件と呼ばれている。オペラに登場するのはハンスとゾフィー。

 

酷い世の中だ。

 

おい、人の命を何だと思っているんだ。

 

目的のため、徹底して動く社会の一体感が恐ろしい。

 

そんな恐ろしい当時の社会と、いまの社会、とくに日本の社会はそれほど違わないと思えてしまうことが、もっと恐ろしい。

 

白バラ事件についてはウィキペディアにも載っているし、知ろうと思えば簡単に検索できたのに、わたしは何も知らなかった。コンサートを検索していたときに、この公演が気になって、初めて事件を知った。オペラ作品になっているからこそ、知ることができた。

 

情報があふれる時代に、伝えたいことを伝える手段として、音楽作品は有効なのだと思った。

 

後ろめたさを忘れてはいけない。向き合っていくしかない。

きっと人類は何度も同じ過ちを繰り返す。

阻止する勇気のある人が増えていきますように。

 

でも、客席にもっと若者がいて欲しかったな。。。

 

社会的な意義のある作品の演奏と鑑賞が可能な社会であって欲しい。鑑賞者として、それぐらい、心の余裕と懐の余裕を持っていたいと思う。好きな音楽や売れる音楽ばかり追い求める音楽業界になってしまうと、音楽が芸術ではなくただのエンターテイメントになってしまう。

エンターテイメントは楽しければそれでOK。

でも、芸術は美しければOKというわけではない。当然、何らかの社会的な意義があるとわたしは思う。

クラシック音楽界はエンタメを目指しているのだろうか。社会に何かを訴えるための芸術としての側面を、今後も維持していけるのか。

 

 

白バラ事件は映画化もされている。映画の宣伝映像を観た。

オペラは、演奏前に指揮者がピアノを弾きながら解説してくれたが、オペラを鑑賞するだけで内容を理解するのは難しい。

映画本編は観ていないのだが、きっとストレートに理解できる良い作品なのだろう。

 

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々 (宣伝動画)

Sophie Scholl – Die letzten Tage

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々 
DVD(画像をクリック)

 

この事件に、ゾッとしてしまう。

 

自分も白バラ活動の一員として反ナチ活動をしていたかもしれない、などと妄想してしまう。

悪いと思ったことを悪いと言って何が悪い、なんて思って生きている。社会や国家が常に正しいなんてまったく思っていない。多数派に合わせようなんて思ったこともない。わたしは間違いなく白バラ側の人間だ。

 

でも、わたしは、この動画のゾフィー(死刑当時21歳)のように勇敢に発言するなどできないと思う。わたしだったら、絶望して逮捕される前に自殺してしまうかもしれない・・・

 

いずれにしても、恐ろしい。ゾッとする。

 

ちなみにツィンマーマンのオペラではゾフィーの勇敢な面ではなく、絶望の中で孤独に苦しんでいる場面が描かれている。

 

犠牲になった3人は、その他大勢の大人が国家に洗脳されて気付かないことに気付いて、自分達でできる範囲で行動を起こしたということを除けば、ふつうに生きる未来ある若者たちだった。

 

社会みんなで1つになって目的達成を目指す世界は素晴らしいのだろうか?

 

何も疑わず、深く考えず、素直に集団と同じ行動をとることが素晴らしいのだろうか?

 

そうでなかった例がいくらでもあるのに。

 

世界はまた悲劇を繰り返すのだろうか。

 

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