映画「フジコ・ヘミングの時間」を観てきた


映画『フジコ・ヘミングの時間』予告編

フジコさんファンの皆さん、こんにちは。

音楽好きのスズキです。

映画を観てきました。

 

映画を観て、改めて思うのは、わたしはフジコさんのヨーロッパ気質が好きなのですよ。古き良き時代のヨーロッパを愛する気持ちに共感します。フジコさんは、お母さんが留学していたころの1920年代のヨーロッパなどに憧れていて、現実を意識しつつも、いまでも少女のような夢を思い描いていて、パリの家には古いアンティークと、壁中に飾られた自作の絵と昔のモノクロ写真があって、そこにピアノとネコとイヌも。

彼女は「好き」と「嫌い」をハッキリ言える人。彼女にとって、日本は絶対に居心地の悪い場所だったはずなのに、彼女は日本で育ったのです。戦争さえなければ、ずっとベルリンかどこかヨーロッパに住んでいただろうに。でも、そうであったら、彼女の人生のドラマは生まれなかったのかもしれない。ふつうのピアニストとして暮らしていたのかもしれない。日本で爆発的に人気者になるということもなかったのかもしれない。

 

フジコさんのことを知ったのは、フジコさんの人生を描いたTVドラマがきっかけでした。だいぶ昔のことです。菅野美穂さんがフジコさん役でした。

 

わたしは23歳だったと思います。落ち込んでいました。貧乏家庭に生まれて、授業料免除で三流大学を卒業したけど、わたしを新卒として採用してくれる会社は1社もありませんでした。バリバリ国際的に活躍するんだ!なんて希望に燃えていたアホだった自分。自分のこれまでの努力などすべて無駄だったということを知った頃です。

 

国籍がなく、30歳にして難民ビザを取得して、ようやく留学の夢が叶ったフジコさんのことをドラマで知り、勇気付けられました。

 

それで、わたしの人生が変わったかというと、変わらなかったですけどね。相変わらず不安定な仕事で食い繋いでいる超ネガティブな人間です。。。 人生くだらんと思うし、この先は食べていけないと思うし、貧乏実家をどうやって支えようかと、毎日暗い気分で生きてます。

 

では、いま、こうしてクラシック音楽を愛しているのは、フジコさんがきっかけだったのか?

 

いいえ。実はそれは全然ちがうのです。

 

ドラマを観た後、フジコさんのCDを1つ買いました。それだけです。そのとき、それ以上にクラシック音楽に興味を持つことはありませんでした。

 

数年後、フジコさんとはまったく関係なく、突然クラシック音楽にのめり込むことになりました。

 

本格的にクラシック音楽を聴くようになると、フジコさんの演奏はまったく聴かなくなってしまいました。

 

それはなぜなのか?

そう訊かれても困ってしまいます。なぜなのでしょうね。

 

自分である程度わかっている理由としては、他にもっと好きな演奏家ができてしまったからです。それも数人ではなく沢山。

 

それから、わたしはとにかく、知らない曲をもっと知りたいと思って音楽鑑賞をしています。クラシック音楽には何千何万も曲があります。だから、わたしは珍しい曲を選んで演奏してくれる演奏家を追いかけたくなるのです。フジコさんが選ぶ曲は素敵な曲ばかりですが、わたしの好奇心を満たしてはくれません。

 

まだ他にも理由はあります。わたしは、クラシック音楽をきっかけにして、ヨーロッパの歴史や文学など幅広い物事を知りたいと思っています。そういう分野に繋がる作品を聴きたいし、そのような作品を紹介してくれる演奏家に注目したいです。フジコさんのレパートリーだと、わたしにとっては物足りないのです。

 

フジコさんがきっかけで「気軽に」クラシック音楽を聴くようになった人は沢山いるでしょう。フジコさんの影響力はスゴイです。

 

それでも、フジコさんがきっかけで「本格的に」クラシック音楽に「夢中」になった人はあまりいないのかもしれないと思います。

 

わたし自身、フジコさんという人物には惚れ込んだけど、それがクラシック音楽に夢中になるきっかけには、ならなかったのですから。

 

わたしのブログは、フジコさんファンの皆さんから見たら、意味不明のオタクブログなのだと思います。

 

でも、もし、数年後にアナタが、クラシック音楽をもっと深く知りたいと思うようになったら、「音楽好きのスズキ」のブログを思い出していただきたいです。参考になる情報があるかもしれません。(その頃にはコンテンツも増えているはずです・・・)

 

数年後に、何か別のきっかけで、もっとクラシック音楽を深く知りたくなる可能性は十分にあります。わたし自身がそうでしたから。

 

たとえ本格的にクラシック音楽を聴くようになったとしても、アナタはいつまでもフジコさんを好きでいていいのです。

 

「フジコさんがきっかけでいろんなピアニストの演奏をたくさん聴くようになったけど、いまでもフジコさんの演奏が一番好きです」

 

そう伝えてあげれば、きっとフジコさんも喜ぶと思います。それこそ彼女が一番望んでいることなのかもしれません。

 

 

日本が生きにくくて、ヨーロッパに逃げたいなんて思っている今のわたしは、ますますヨーロッパ気質なフジコさんの現在の暮らしに憧れます。異質なものを理解してくれない日本社会。わたしが生きる今の日本より、彼女が若かったころの日本はもっと閉鎖的な社会だったはずです。彼女がメインの住居として選んだパリは、彼女とってベストマッチな場所なのだと思います。わたしもいつかヨーロッパで暮らせるのだろうか。無理だな。わたしはアーティストではないし、ビジネスで食べていく能力もない。

 

フジコさんには怒られてしまうかもしれませんが、わたしは彼女をピアニストとしてではなく、クラシック音楽とは関係なく、1人のアーティストとして、1人の人間として、捉えているのです。フジコさんという人物にどれだけ憧れても、わたしはきっとこれからも、彼女のコンサートには行かないでしょう。ただ、彼女みたいな友達が欲しいです。(でも、わたしは煙が苦手なのですが・・・)

 

フジコさんファンからは怒られてしまいそうですが、わたしは自分はフジコさんと似ている部分があるのだと思ってしまうのです。「好き」「嫌い」を正直に言ってしまうこととか。

 

フジコさんはもう80代半ば。多くのピアニストはとっくに引退している時期。(もちろん現役で演奏しているピアニストもいますよ!フジコさんの他にも!)

 

映画の中のフジコさんの発言で、ちょっと思ったのだけど、もし彼女に子どもがいたら、その子が血の繋がった子であるかどうかに関わらず(欧米では養子縁組も多い)、彼女の傍で彼女から影響を受けながら育つ子どもがいたとしたら、きっとその子もアーティストになったでしょうね。多くの人に影響を与えるアーティストになったかもしれません。

 

フジコさんのお母さんがカッコイイと思うのです。大阪出身で、東京の音楽学校で学んで、留学なんて珍しかった時代にドイツに留学して、スウェーデン人と出会って結婚して子どもを生んで、日本の東京で1人で子育てして、それでフジコさんというアーティストがいる。

 

その流れを、受け継いでいく誰かがいて欲しかった・・・ なんて、わたしが普段は考えないことを思ってしまった。

 

人生に ”what if” なんてタブーなのに。

 

なんだか切ないね・・・

 

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