ピアニスト アレクサンドル・メルニコフ 知的好奇心 ピアノと濃密に付き合う

Alexander Melnikov 
1973年、ロシアのモスクワに生まれる 

ショスタコーヴィチは、バッハコンクールでのロシアのピアニスト、タチアナ・ニコラーエワの演奏に感動して、バッハの平均律クラヴィーアに倣い、24の前奏曲とフーガを作曲した。バッハと同じように、各調それぞれの前奏曲とフーガを作曲した。


Alexander Melnikov: 24 Preludes & Fugues, op.87

ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガ
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2012年にメルニコフがこの全曲を東京の浜離宮朝日ホールで演奏したとき、客席はそこそこ埋まっていたように記憶している。このプログラムで客席が埋まるのはさすが東京の音楽ファンだなと思う。

朝の澄んだ空気のような雰囲気の部分、恐ろしげな部分、ルンタッタ楽しい民族的な部分、心地良い部分、ケタケタしい部分・・・わたし個人的には楽しいけど、世間一般的な「クラシック音楽」のイメージとは違う音楽。リサイタル向きではない。でも、こういう曲を聴きたい人々がいる。

3時間の熱演の後、拍手に応じて何度もステージに戻ってきたピアニストは、アンコールこそ弾かなかったが、少しおもしろいことをした。パッとカッターシャツの前ボタンを開いて、ニコッと笑顔で中に着ていたTシャツを披露。

そのTシャツには黒地に白抜きで「Op. 87」と入っていた! この曲の作品番号だ!

ほんとうに完走、いや完奏おめでとうございます!

 

その後わたしも楽譜を買って自分で弾いてみた。難しい曲ばかりだが、短い曲が多いので、弾ける曲もいくつかある。たとえばユダヤ音楽風の第8番嬰へ短調の前奏曲はわたしのお気に入り。逆にまったく手が出ないのは騎馬的な激しさの第15番変ニ長調の4声フーガ。上の動画の30秒ぐらいに少し流れている。最初の6小節だけは弾ける(つまり単旋律の部分)。このフーガは、当時は分からなかったが、今の自分の感覚では、コーカサス風に感じる。中央アジアの民族的な音楽なのでは?

ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガ
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翌年のメルニコフさんのソロリサイタルのときに、楽譜にサインを書いてもらったのがわたしの自慢。あなたのお陰でこの曲を知って、自分でも弾くようになったということを、わざわざ知らせたくて楽譜を持ち込む。ピアニスト側がどう思うのかは知らないが、わたしはわたしが知らない曲を教えてくれたピアニストたちには感謝を伝えたい。

その2013年のソロリサイタルのプログラムも面白かった。

 シューベルト

 幻想曲ハ長調「さすらい人幻想曲」D760

 シューベルト

 3つの小品 D946

 ブラームス

 シューマンの主題による変奏曲 Op.9

 ブラームス

 幻想曲集 Op.116

シューマンの曲は入っていないのに、シューマンの存在を感じさせる。シューベルトの没後、忘れられていた交響曲「グレート」を発見して評価したのはシューマンだった。若きブラームスと出会い、彼を絶賛したのもシューマンだった。ほどなくシューマンは精神病棟に。

プログラム前半はシューベルト中期の勢いある作品、若くして亡くなる直前最晩年の作品。後半はブラームスの初期のものでシューマンゆかりの作品、そして後期の作品。3人それぞれの人生を考えてしまう。人生って・・・何なんだろう。素晴らしいとか、そんな単純な表現はできない。地獄かというと、そう言い切ってしまうのも何だか・・・違う。

わたしがもっと思慮深い人間だったら、ショスタコーヴィチの楽譜にサインをもらって浮かれてばかりいないで、プログラムの意図をメルニコフ氏本人に訊ねてみるべきだったのに。自分はアホだな。

プログラム最後の曲がOp.116という地味で渋いがどこか黄昏感というか、次の時代を感じさせる曲というのが良い。でもなぜか3曲もアンコールを弾いて、最後のアンコールは勢いで弾くショパンのエチュード10-4だったのが謎。その日の雰囲気には合わない選曲だが、どうしても弾きたかったのかな・・・

 

思えば、フランスに夢中でフランスのピアニストばかり聴いていた頃に、突如興味を持ったロシア人ピアニストがメルニコフさんだった。当時わたしが聴いていたフランスのピアニストたちより迫力がある演奏だと思っていたが、それでも何故かメルニコフの演奏はフランス音楽にも向いていると思っていた。彼の音色の作り方や和声のバランスがそう感じさせた。

 

その予感は当たっていた。2015年にメルニコフは上野学園所有の1910年製プレイエルピアノでドビュッシーの前奏曲集を演奏した。彼は臆することもなく洒落た唐草模様の楽譜立てに電子タブレットの楽譜を置いた。それは少しおもしろい風景だった。

古いピアノというのは、1台1台ちがう個性を持っていて、演奏に慣れるのに時間がかかるのだろう。彼にはどれぐらいの時間が与えられたのだろう。せいぜい1日か2日なのでは?本番で弾きながら、さらにピアノとの関係を深めていった感じがした。後半の第2集では既に客席など意識せず、ピアノと「2人」だけの世界に浸っているようにさえ見えた。ピアノを自分のもの(=パートナー)にしてしまったような雰囲気だった。凄いものを見ている、聴いていると思いながら鑑賞した。

この公演が気になったのは、彼ならドビュッシーもイイ感じに弾くだろうという予感だけではなく、彼がフォルテピアノ等の古い様式のピアノを6台も所有しているという情報を知っていたからでもある。そんな彼ならプレイエル(ショパンが愛したピアノメーカーでもある)をどう弾くだろうというところに興味があった。なるほど。楽器そのものへのアプローチ、接し方、音色を引き出すテクニックと、古い楽器らしさを尊重して響かせる部分と。扱いに慣れていらっしゃる。

アンコールで弾いた哀愁漂うブラームス「幻想曲集」Op.116 第2番 Intermezzoがプレイエルの音色に見事に合っていて、わたしは最後の最後に本当に「やられて」しまった。

 

フォルテピアノというのはピアノの前に使われていた楽器で、それ以前のチェンバロ等の鍵盤楽器とは違い、強弱(つまりフォルテとピアノ)を付けられる画期的な楽器だった。現代のピアノと比べると音量は小さいが繊細な音色を楽しめる。メルニコフがフォルテピアノを演奏している映像をご覧いただきたい。


Cello Biennale 2015 - Jean-Guihen Queryas & Alexander Melnikov playing Beethoven

 

そして、ヴァイオリン奏者のイザベル・ファウストとチェロ奏者のジャン=ギアン・ケラスとのトリオについても語らなければならない。

出会うべくして出会った3人なのだろう。お互いを高め合える関係が羨ましくて仕方ない。特にケラスがサーシャ(メルニコフ)の知性や好奇心を語るとき、わたしは最も嫉妬する。仲良しの2人の間に割り込んで座りたい。スズキの左右にケラスとメルニコフ、正面にファウスト。なんて素敵な図。(妄想)

メルニコフさんファンの方に1991年エリザベート王妃コンクール当時の写真(コンクール演奏CDのジャケット写真)を見せてもらったことがある。16歳のメルニコフは見るからに早熟でケタ違いの知性と凄味さえ感じさせる雰囲気だった。ケラスによるサーシャ評と共に、わたしの中でメルニコフさんと言えば、スーパー知的な人という印象になっている。実際そうなのだろう。

 

このトリオによるシューマンシリーズが大評判なのだが、わたしはまだ買っていない。持っているのはベートーヴェンのトリオで、こちらも気に入っている。フォルテピアノのカシャカシャ音がたまらない。この音が現代ピアノより弦楽器とよく馴染む。わたしが近年好きな「明るい」ベートーヴェン。

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲 6番&7番
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この人気トリオの生演奏をずっと聴きたかった。ヨーロッパでは各地で頻繁に演奏しているのに、来日するときはいつもファウストとメルニコフ、またはケラスとメルニコフという風に、2人ずつだった。

ようやくトリオ生演奏が叶ったのは2017年。上野の大ホールはほぼ満席。本当は小ホールで鑑賞したかった。室内楽は絶対に小ホールで聴きたいのだが、人気トリオとなると、なかなか難しい。チケット争奪戦で負けてしまう。いつか小ホールでじっくり3人の演奏を聴きたい。できればメルニコフさんには現代ピアノではなくフォルテピアノを弾いてもらいたい。かなり贅沢な鑑賞だが、そんなトリオ公演を望んでいる日本のファンは多いと思う。

 

以前、演奏後のサイン会でラフマニノフCDにサインをしていただいたが、そのCDにラフマニノフ作曲の歌曲が入っている。

ラフマニノフ 音の絵、他
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解説によると、この歌手とメルニコフはロシアでよく一緒に演奏しているらしい。ロシア語初歩を学んだわたしはいまロシア歌曲に熱い視線を注いでいる。ひょっとしたら、メルニコフがその世界に導いてくれるかもしれない。ただし歌曲を含むCDはこれ1枚だと思う。彼はせっかく歌曲にも取り組んでいるのに、その世界を我々日本人が知る機会は少ないのかもしれない。なんだかもどかしい。

 

ロシア語でYouTube検索すれば、知らない情報が出てくるかもしれないと思ったのだが、面白い情報は見つけられなかった。アレクサンドル・メルニコフはよくある名前なのだろう。いろんな人物の動画が出てくる。「メルニコフ」「ピアニスト」で検索しても、知らない別のメルニコフさんというピアニストや、ピアノを習っている子ども達の動画など。日本で言う「スズキ」みたいなよくある苗字なのだろう。アレクセイ・メルニコフという似た名前の若手ピアニストの動画もよく同時に出てきてしまう。

 

メルニコフさんのスケジュールは音楽事務所のサイトで確認できるが、常に忙しそうだ。忙しすぎて、所有するマイ・ピアノたちと戯れる時間など少ししかないのではと心配になってしまう。

久し振りにディスコグラフィーをチェックすると、またCDが増えている。ドビュッシーもついに録音したようだ。少し前に出た、ピアノ4台で4曲を弾くという、これまたピアノ研究家メルニコフさんならではの独特なCDにも興味あるがまだ買っていない。

 

最後にわたしの好きな記事を紹介する。

www.kinginternational.co.jp

メルニコフさんの態度と著者の心の声が面白い。ファンが知らないメルニコフさんの姿にまた惚れ込んでしまう・・・

 

来日情報

2019年10月王子ホール

 

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