夢の選曲マシーンはAIで実現可能か? クラシック音楽

クラシック音楽好きのスズキが欲しいのは次の2つ:

  • 何千何万もある作品から鑑賞者スズキが聴くべき作品を選んでくれるシステム
  • 何千何万もある作品から素人ピアノ弾きスズキが弾くべき作品を選んでくれるシステム

 

ただオススメを紹介するのではなく、人生を動かすかもしれない運命の作品や強く感情を揺さぶる作品の一覧が欲しい。不特定多数に向けたものではなく、わたしという個人の特性を踏まえた一覧が欲しい。出会うべきなのに出会えないかもしれない作品を早く教えてくれ。。

 

YouTubeやアマゾンで表示される「おすすめ」は、過去の視聴・購入や検索ワードから推測したものであり、人工知能AIによるものではない。このような機能を「レコメンド機能」と言う。

 

レコメンド機能は、わたしが自分で検索して簡単に見つけられそうなものを、わざわざ「おすすめ」に載せて、「あなたが好きそうなものを探してあげました!」とドヤ顔する。わたしは全然感動しない。

 

そうではなく、自分では探せないものを探してくれる機能が欲しい。それはAIとやらで実現可能なのだろうか?

 

スズキはAIに関する本を読んだ。AIの専門家による解説を、AIの専門家ではないがデータを扱う専門家が噛み砕いて書いた本。

 

誤解だらけの人工知能
ディープラーニングの限界と可能性

(画像をクリック)

 

そして、スズキの夢である選曲マシーンの実現は難しいことを知った。

 

AIは感覚的なことや雰囲気的なことは苦手なのだ。「感動的な曲」や「個性的な演奏」を見分けることはできない。

 

AIのためには大量なデータが必要だという。画像認識のための画像データ、音声認識のための音声データ。

クラシック音楽に関連してAIが使えるかどうか、個人的に想像してみた。

 

鑑賞者の表情から感想を読み取れるか?(画像認識)

  • 目を閉じて聴く・・・ 
    集中している? 
    しんみりした気分? 
    寝不足で眠い? 
    曲が退屈?
  • 口が開いている・・・
    驚きのあまりポカンと口を開けた?
    その驚きは感動?それともショック?
    ただのクセ?
  • 泣いている・・・
    曲に感動した?
    昨日の悲しい出来事を思い出してしまった?
    実はタマネギを切りながら聴いている?(笑)
    花粉症で涙が出た?

 

無理そうだ。もし上手くいくとしても、AIに表情を認識してもらうために大袈裟に顔の表情を作らなければいけないかもしれない。そんな不自然な鑑賞はイヤだ・・・

鑑賞者の心拍数や体温で判断するのはどうだろう? 心拍数が高くて体温が高いなら感動している?いや、曲に感動しているかどうかは、きっと分からない。体調不良なのかもしれないし、部屋が暑いせいかもしれないし、画面には映っていないけど隣に片思いの好きな人がいるせいかもしれない。

 

もし「この人はこの曲に感動している」とAIが判断したら、AIは次に聴くべき曲を的確に提案してくれるの?

いや無理だ。どの曲に感動するかというのは、鑑賞者本人の過去が反映されていると思う。これまでの人生でどういう経験をしていて、どんな音楽を聴いたことがあって、いま精神的にどういう状況なのか。そのようなことがすべて反映されて、感動するときは感動するし、感動しないときは感動しない。

個人の人生におけるすべての経験や感情がデータ化される時代になれば、選曲マシーンも技術的には可能なのかもしれない。この本に書かれていることを参考にすると、そこまでデータ化が進むのは100年後か? でも、人生すべてがデータ化される時代は恐いね。

 

個性的な演奏を見分けられるか?(音声認識)

そもそも個性的とは何か。個性的ではない演奏とは何か。古今東西あらゆるピアニストの録音データを「個性的」と「個性的ではない」に分けてインプットするなら、どうやって分けるのか。わたしが「個性的」だと思っている演奏を、他の誰かは「個性的ではない」と分類するかもしれない。結局、個性的かどうかは聴く人の個人的な感覚なのだ。

「個性的」と「個性的ではない」をAIが分けられると仮定する。また「上手い」と「下手」もAIが分けられると仮定する。では、「個性的」な演奏と「下手」な演奏をAIが区別できるか?

案外わたしのピアノ演奏を「下手」ではなく「個性的」と判断してくれるかもしれない。一方で個性的な一流ピアニストの演奏を「下手」と判断してしまうかもしれない。

AIは個性的なピアニストを見分けられるか?そもそも個性的なピアニストとはどういうピアニストだろう。解釈が個性的、演奏する姿が個性的(動きとか、演奏中に鼻歌を歌うとか)、選曲が個性的、生き方あるいは性格が個性的・・・ 

著名な評論家が「○○というピアニストは個性的」と発言したから○○は個性的? それは人工知能(認識や分類する知能)による判断ではないと思う。

 

無理そうだ。

もしAIが個性的な演奏を自分で発掘できるとしたら?

Google検索結果の上位に自社サイトが表示されるように操作する人々のように、演奏者たちが「個性的」とAIに判断してもらうためにAI対策するかもしれない。そんなクラシック音楽界、つまらない。。

 

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ピアノ弾きとして弾くべき曲を選んでくれるマシーンをAIを利用して開発するというのは、もっと困難だろう。レコメンド機能レベルを超えることはない。

 

AIはクラシック音楽の中から民族音楽を認識して、どの地域の歌や舞曲であるか分類することは可能だろうか?各地域の特徴的なリズムや旋律のデータをAIに覚えさせればいいのか?

いや、わたしが思うに、ヨーロッパ各地域の民族的な音楽はほとんどがロマ音楽の影響を受けた旋律やリズムだと思う。流しの音楽家が各地を放浪して広めた。だとしたらルーツは共通。

ロシア民謡がベースになっている曲なのに、「チェコ民謡が聴こえます」とAIは誤認識するかもしれない。

わたしたちだって、作曲家や曲の背景を知っているから、「それはロシア風の音楽」だと思うことができるのであり、事前に何も知らなかったら「スペインのタンゴ音楽っぽい」と思う可能性もある。

 

AIは、その作品が過去のどの作曲家の影響を受けているか、判断できるのだろうか?

AIは、その作品の背景にどのような歴史的事件があったか、判断できるのだろうか?

AIは、その作品を作曲したときの作曲家の想いを知ることができるのだろうか?

無理そうだ。

そのような情報を反映するためには、1つ1つ情報を登録していくしかない。それは人工知能(認識や分類する「知能」)ではない。

AIは、悪魔的な音楽や天国的な音楽を認識できるのか?

AIは、音楽から癒しや心地良さを感知できるのか?

感覚的なことは無理。

 

作品や演奏家と聴衆を上手くマッチングできれば、クラシック音楽業界にとっては良いことだと思うのだが、そこにAIを活用するのは無理そうだ。なぜなら、音楽と人間の相性は感覚的なものなのだから。

特別な曲を聴きたいのに、探せない聴衆。特別な曲を演奏しているのに、興味をもってくれそうなターゲットにアプローチできない演奏家。特別な曲を作曲したのに、演奏してもらえない、聴きにきてもらえない作曲家。もどかしいけど、お互い、コミュニケーション能力を鍛えましょうと言うしかないのかも。

 

 

わたしが人工知能AIに興味を持つのは、夢の選曲マシーンを早く実現して欲しいからではない。

世の中の多くの人間は翻訳という仕事はAI技術が発達すると不要になると思っているから、翻訳で食べている人間としては危機感を持っている。

まだ人の手による翻訳が必要な状況なのに、状況をよく分かっていないAI知識ゼロのオジサンたちがAI翻訳への切替を強行して翻訳者が失業する可能性は否定できない。

 

確かに定型的な文書では機械を使用して翻訳することは今後ますます進んでいくのは間違いない。AIブームの前から既にそういう状況だった。しかし、自由な形式の文書では、そうはいかない。

 

現状では、日本のビジネスエリートが作成する日本語の資料は昭和時代の紙資料から進化していないので、これを世界で通用する英語の文書に変換するのは、AI技術ではまだまだ無理だと思う。翻訳AIより、まずは、説得力のない、整理されていない、情報の過不足だらけの日本語の資料を改善する機能が必要なのだ。読み手がどういう人間か意識して想像力を使って作成して欲しい。

しかし、そのような想像力を必要とする作業は当面まだAIにはできない。早くできて欲しい。いや、その前に学校教育で何とか改善して欲しい。ろくに文章を書けない「エリート」ばかりいる状況は困る。

 

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夢の選曲マシーンが実現できない中でどうやって出会うべき作品と出会うか

人にオススメを聞いたところで、一般的な無難なオススメ作品、自分が好きな作品、友だちや仕事上の付き合いがある人の作品などを挙げるだけで、わたしという個人に響く作品を選んで薦めてくれるということは滅多にない。

 

結局のところ、自力で探すしかない。ヒントとしては・・・

  • 演奏家の選曲を参考に

演奏家=キュレーターだと思う。知られざる曲を発掘して欲しい。あまり注目されていない曲の魅力を引き出して欲しい。そんな演奏家をどうやって探すか?そこが難しい。

珍しい活動をしているのに、どこにも情報発信していない場合は、ほとんど知るきっかけさえない。

そんなときは、演奏仲間、評論家、ファンなどが発信する情報が貴重だ。でも、本人による情報発信が本当は一番ありがたい。客は以前よりわがままになった。演奏が上手いだけでは、もう物足りない。客の好奇心を刺激できる演奏家はあまりいない。

  • コンサート鑑賞

偶然の出会いを大切に。せっかく生演奏で聴けるなら行ってみる。ただ、実際には生演奏で鑑賞する機会が滅多にない作品が大量に存在する。生演奏ばかりに注目していたわたしは実は鑑賞範囲が狭い。作品も演奏者も、日本で聴けるのはごく一部。CDやオンラインで鑑賞できるものと比べると、非常に少ない。

でも、入手可能な音源は、多過ぎて上手く選べない。片っ端から聴いていけるほど暇はないし、人生は長くない。それで、結局、生演奏の機会を活かそうとする。

 

 

想像力とコミュニケーション能力、それから個人の力

クラシック音楽界でも、他の業界でも、これらが物を言う時代なのだと思う。

でもね、アーティストでもない我々一般人まで個人パワーを培わなければならない時代に、ワクワク感も感じるけど、不安と嫌な気分も感じる。何かがおかしいと思う。これから先、本当に自分は食べていけるのだろうか。

 

本を読んだ理由は他にもある。いまさらだが翻訳者などやめて人工知能を勉強しようかと一瞬思ったのだ。しかし、AIの専門家を目指すなら高校の数学III C まで勉強しなければいけないらしい。無理だ。ああ、無理無理。

専門家を目指さないにしても、表面的なことを理解できているだけでも今後のためになるとのこと。それなら、人工知能で使われるプログラミング言語Pythonを勉強してみようかと思ってYouTubeで調べてみたら、便利な無料レクチャー動画があった。まだ途中までしか見ていないが(4時間以上の長編動画)、これが意外と分かりやすいし、おもしろい。

 

日本はAIの専門家も、AIをそこそこ理解している会社員も、AIを学べる大学等の教育機関も、圧倒的に少なく、世界からかなり遅れをとっているらしい。それどころか、AIとも関連性が高い統計学の専門課程が世界では当たり前に設置されているのに日本にはほとんどない。

 

いま、人生やり直すなら、高校で数学を学んで海外の大学へ進学してAIを学び、それと同時に人間にしかない想像力や創作力を身に付けて、コミュニケーション能力も磨くというシナリオが良さそうだ。

 

あれ?

これ、何の記事だったかしら?

 

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