コンサートホールで写真を撮ることについて

本日の感動的なコンサートについては後日書くことにして、先に雑記的な記事を書こう。

実家の母を誘って毎年恒例のクリスマスコンサートに行った。去年もその前もスズキは一人でヨーロッパに逃げたので久し振りの企画。奮発して日帰りでN県K町のOホールに。(後日コンサートについて書くので、わざわざここで伏字にする必要はないのだけど・・・)

ああ、それにしても、本当に自分など気が利く便利で頼りがいのある道具なのだなと。職場でも家庭でも。生まれてくるんじゃなかった。

相変わらず暗い脱線はそれぐらいにして・・・

 

スズキ、K町のOホール初参上。

程よいサイズで感じの良いホールだった。演奏はまだまだ始まらない。自分の席を探しながら、写真を撮ろうとしたら、ホールスタッフに怒られてしまった。ホール内の写真撮影は禁止だと。

 

別にダメと言われて、怒りを感じたわけではない。

「ち、残念だな」程度の軽い嫌な感じを受けただけで、特にショックを受けているわけでもない。

ただ、その何の意味があるのかよくわからんルールの背景に、わたしの嫌いな日本社会らしさを感じて、頭の中でいろいろ考えてしまった。

ホール内の写真撮影はなぜダメなのだろうか。

N県K町のOホールだけでなく、有名なところでは東京のメジャーなホールSホールもホール内の撮影にはうるさい。(今でもそうなのかどうかはよく分からないが・・・)

 

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わたしのヨーロッパ旅の経験を振り返ってみよう。

アナウンスはだいたいこうだ。

「演奏中の写真撮影・録画は禁じられています」

日本の多くのホールでも、このアナウンスが定番なのでは?

ヨーロッパのオペラハウスやコンサートホールでは、まだ演奏者が舞台に出てこないうちに記念撮影をする人は多い。普段着で鑑賞してしまいがちな東京のクラオタとは違って、彼らは仕事先から直接来場するということはあまりない。荷物を自宅に置いて、気合い入れて身なりを整えてから来る人が多い。昨今のスマホ利用やSNSブームもあって、ホール内やロビーで同行者と記念撮影する人は多いし、わたしも何度か頼まれてシャッターを押してあげたことがある。

特にオペラハウスは内装も豪華で美しい。人物を入れない写真もよく撮られている。

それどころか、演奏後のカーテンコールを撮る人も多い。カーテンコールも含めて「演奏=パフォーマンス」では?いや、そこは人により判断は違うのだろう。わたしは海外では現地の人々の様子を見て、合わせる。どうやら暗黙の了解でOKそうならカーテンコールのときに撮ることはある。少々後ろめたい感じがするのは、わたしは肖像権が気になるから。有名人なら自由に写真を撮っていいとは思わない。だから、わたしのブログには、ピアニストなどの演奏者の写真はほとんど出てこない。CDジャケットぐらい。

ちなみにサイン会で「撮影NG」の場合はスタッフから事前にサイン会参加者にそのように注意がある。演奏者自身も写真を撮ってSNSにアップする場合は、お客さんもサイン会での撮影がOKだったりする。ただし、特に「OK」とも「NG」とも言わない場合が多いように思う。何にしても、演奏者の肖像権は尊重すべきだとわたしは思う。

 

では、演奏者の肖像権という問題はないのに、演奏者が出てくる前、あるいは去った後にホール内で撮影することを禁止する必要はいったいどこにあるのだろうか、と疑問に思う。

内装デザインに門外不出の機密情報でもあるのだろうか。(いや、そんなはずない。)

1枚撮るごとに内装に使われた材料が劣化するのだろうか。(いや、そんなはずない。)

ふざけた行為をしてホールの品を傷つけない撮影であれば、そして、周りに迷惑かけないように気を使えば、別にいいではないか。何が問題なのだろう。

 

我々のように頻繁にホールに通う人間は別として、人はどんなときにコンサートに行くのか。誕生日や結婚記念日などの特別な日かもしれない。コンサートに行けるのは数年に1回という人もいる。もしかしたら、人生で最後の鑑賞かもしれないと覚悟して来た人もいるかもしれない。鑑賞記念に写真撮影したいと思うのは当然ではないか。

ホワイエや建物外観のように一瞬見ただけではコンサート会場と分からないような場所で撮るより、ホール内のほうがいいに決まっている。

旅先で鑑賞するなら、なおさら記念に残しておきたいとわたしは思う。

また、ステージ上に珍しい楽器が設置されていたら、それも撮影したくなる。

 

音楽を聴きに来たんだろ!?

写真を撮りに来たのではないはずだろ!?

などと怒らないでくれ。

わたしはコンサートをエンターテイメントだなんて思っていない。真面目に予習して、感想を忘れないように文章で書き残したり、興味持ってくれた人に読んでもらったりしたいと思っている。音楽そのものを深く愛している。

写真は「おまけ」みたいなものだけど、「おまけ」を付けることのどこが悪いのか。誰かに迷惑をかけているわけでも、数に限りがあるわけでもないのに。

演奏が始まる前、終わった後に撮影することを許可したところで、お客さん全員が撮る訳ではない。撮りたい人だけ撮って、他の人は無関心。それだけ。混雑が生じるというわけではない。

SNSで自慢したいとか、承認欲求が強いだけであっても、別にいいではないか。ネットワーク上の誰かが興味を持って「ステキなホール!自分もここで音楽鑑賞したい!」なんて思ってくれたら、ホールの良い宣伝にもなるのに。

 

海外に興味がなくて日本に留まっている人は知らないのかもしれないが、ヨーロッパの美術館では写真撮影OKのところもある。フラッシュは禁止。有名な美術館でも撮影OKだったりする。わたしもお気に入りの絵画とツーショットを撮ったことがある。特に気に入っているのはフランツ・マルク作「青い馬」と撮った1枚! 写真を見るたびにニヤけてしまう。その作品が好きであるなら、ホンモノと一緒に写り込めることを幸せと思うはず。写真をOKにすることで人をよろこばせることができるのだ。

 

ホール内の撮影を禁止する理由は何だろう。

わたしの想像の範囲だけど、おそらく「これまでずっと禁止だったから」なのだろう。

あるいは「みんな我慢してきたから、いまさらOKにしたら、我慢してきた人がかわいそう」なのかしら。

ああ、すごく日本的でイヤだ。

 

ヨーロッパのホールの歴史ある雰囲気の外観やホワイエと比べると、日本のホールの外観やホワイエは記念撮影にはあまり向いていない。ホール内こそ、音楽らしさを感じる唯一の場所なのに。

ホワイエに撮影用のパネルでも置けばいいのか? ゆるキャラのパネルとか?

そんなの・・・イヤだ(涙) 

子供騙しではなく、ホンモノがいい。

 

日本人は「おもてなし」が得意だと思う?

わたしは思わない。

どうすれば客がよろこんでくれるかという想像力を持つ人はほとんどいない。日本での暮らしや職場を通じて感じることは、口先では「お客様のために」などと言いながら、ほとんどの労働者は同僚、先輩、上司、それからせいぜい役員ぐらいまでしか意識していない。お客さんのことなど考えていない。

だから、コンサートホールに来場するお客さんがよろこんでくれることより、「今までずっとそうだった」ことを今後もずっと守ることで職場のみんながよろこぶことを目指して仕事をしている。

意味の無いルールが多いのは日本の学校の部活動などでもよくあることだろう。

意味があるかどうかということより、「これまでずっとそうだったから」とか、「みんなも我慢しているから、アナタも我慢しなきゃ」ということが大事というのが日本社会の特徴。ああ、イヤだ。

 

嫌いな嫌いな日本ではあるけど、すてきなホールもたくさんあることを、わたしも最近始めた Instagram に載せていきたいところだけど、ホール内撮影を明確に「禁止」としているホールは、外観でも載せるしかない。印象に残りにくいイマイチな外観であっても。

そういえば、バッハが活躍したライプツイヒのトーマス教会は建物の中の撮影は一応「禁止」だった。でも、教会の長い歴史やバッハ様という偉大な人物を考えれば、それは納得できる。

でも、日本のOホールやSホールは、撮影禁止にして世間に内緒にしなければいけないほど神聖なものなのだろうか。

むかしからのルールを守ることがそんなに大事なのだろうか。 

客をよろこばせることとか、コンサートに来たことがない誰かにアプローチすることとか、ホール関係者は興味ないのだろうか。

うーん・・・

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