カウンターテノールの記事の後日談&オペラDVD「アルタセルセ」(ヴィンチ作曲)独自解説

下記の記事の公開後、去年来日したカウンターテノール歌手のことをツイッターで教えていただいた。

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そのカウンターテノール歌手、フランコ・ファジョーリの来日ツアー(2018年11月)は、前代未聞の盛り上がりだったらしい。当時のツイッターのまとめ記事(ツイート内のリンク)を読んだ。あまりにも感動的すぎて、音楽好きのスズキは泣いてしまった。

音楽界の話題や流行など、どうでもいい。スズキはスズキの道を進もう。そう思うのだけど、これは・・・、これは・・・(涙) スズキも客として楽しみたかったな。ご縁が無かったわけだ。どうして、わたしはこの盛り上がりを一切知らなかったのだろう。ぐすん。 

何はともあれ、ファジョーリについて調べてみたら、スゴイものを見つけてしまった。2012年にフランスで上演されたオペラ「アルタセルセ」に、カウンターテノール歌手が5人も出ている! 登場人物6人中5人がカウンターテノール!カウンターテノール天国ではないか!さっそくDVDを注文した。

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生きることなんかくだらん。人生そろそろ終わってくれ。なんて思いながら生きているのだが(本当のこと言って何が悪い!)、たまに「ふふふ」と思うことがある。この作品がまさにスズキ的に「ふふふ」だったのだ。 

まず、DVDを再生する前にあらすじを読んでみた。作曲者はレオナルド・ヴィンチ(「モナリザ」のダ・ヴィンチとは別の人)で、台本作家はメタスタージオ。ん?メタスタージオ?どこかで聞いた名前だな。ええと、話の内容は、若い男2人がいて、友人同士で、それぞれ妹がいて、それぞれ相手の妹を愛している。男の父がもう一方の男の父(王)を殺して、男は父に代わり容疑者となって・・・毒入りの杯を飲みそうになった息子を止めるために父は罪を告白。ん?ん?ん?この話!知ってる!?

思い出した。去年、トスティ作曲の歌曲を聴く機会があったとき、事前にイタリアのオペラ&歌曲の歴史に関する本を読んで、そこでメタスタージオという才能あるバロック時代の作家の名前と面白そうな作品「アルタセルセ」が気になって、どこかにメモを残したはず(紛失?)

こんなところで会えるとは!?これこそまさに「ご縁がある」ことなのだろう。ふふふ。

 

ここから先は、このバロックオペラをDVDで鑑賞したときの個人的なメモ、気になった点、イタリア語の(テキトーな)抜粋などを載せる。素人スズキによる感想&情報なので、間違い、勘違い、思い込みなどが含まれていることでしょう。過度に信用してはいけません。でも、これをきっかけに作品や歌手たちに興味を持ってくれる人がいたら、それで良いではないか! DVDの字幕に日本語はない。鑑賞を諦めていた人たち、鑑賞してみたけどイマイチ内容が分からなかったという人たちの参考に、この記事が少しぐらい役に立つかもしれない・・・(いや、役には立たないかもしれない)

時系列ではないので、わかりにくいだろうけど、DVDを見ればきっと分かる!(たぶん)

余談だが、一言だけ言わせて欲しい。このDVDの字幕は英語、イタリア語、フランス語、ドイツ語。原語はもちろんイタリア語。DVDの技術面に携わる人に言いたい。ぜひ字幕を同時に2つ表示(二重字幕)することを可能にしていただきたい。わたしは、この作品なら英語とイタリア語を同時に表示したい。意味を理解しつつ、聞こえてくる言語も楽しみたい。言葉は音楽の一部なのだ。ヨーロッパの歌劇場では二重字幕(現地語&英語)は今やスタンダードだ。DVDでも実現可能なはず。

わたしのイタリア語の能力はドイツ語より低く、フランス語より低い。ロシア語やチェコ語よりは少し上かな? ふぅ。せっかくドイツ語の「フィデリオ」の予習が完了したから、「オネーギン」のためにロシア語の復習をしていたのに、なんでイタリア語のことを考えなければいけなくなってしまったんだ。はぁ。
*スズキブログは音楽ブログです!語学マニアのブログではありません!

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管弦楽:コンチェルト・ケルン

指揮:ディエゴ・ファソリス

演出:シルヴィウ・プルカレーテ

 

DVDで歌っている歌手の皆さん

アルタセルセ Artaserse

フィリップ・ジャルスキー
Philippe Jaroussky
カウンターテノール歌手
1978年 フランス

アルバーチェ Arbace

フランコ・ファジョーリ
Franco Fagioli
カウンターテノール歌手
1981年 アルゼンチン

マンダーネ Mandane

マックス・エマニュエル・ツェンチッチ
Max Emanuel Cenčić
カウンターテノール歌手
1976年 クロアチア→オーストリア

セミーラ Semira

ヴァレア・バルナ=サバドゥス
Valer Barna-Sabadus
カウンターテノール歌手
1986年 ルーマニア→ドイツ

メガビーゼ Megamise

ユーリ・ミネンコ
Yuriy Mynenko
カウンターテノール歌手
1979年 ウクライナ

アルタバーノ Artabano

ホアン・サンチョ
Juan Sancho
テノール
1982年 スペイン

全員がオペラ界ではまだまだ若手と呼ばれる世代ではないか。上演が2012年ということは、さらに若かったのね。当時サバドゥスは二十代、ファジョーリとサンチョも30を少し超えたぐらい。みんな若い。それでいて、人間ドラマを繰り広げるあの表現力とパワー。すごいわ。

 

舞台は古代ペルシア(現在のイラン)。わたしは少し前の記事に間違えて「古代ローマ」と書き、「古代エジプト」に変更し、ようやく「古代ペルシア」と書き換えたのだった。とほほ。古代史がぜんぜんわかっていないのがバレバレ。全部あたまの中で一緒になってる。アルタセルセは実在の人物。ギリシャ語では「アルタクセルクセス」。日本では通常、ギリシャ語の呼び名で知られているようだ。「アルタセルセ」は イタリア語の呼び名。

わたしが「古代エジプト」と勘違いしてしまった理由は、ウィキペディアに「エジプトのファラオ」と書かれていたから。なぜペルシアの王朝なのにエジプト王なのかと思ったら、そのとき、エジプトはペルシアに支配されていたので、ペルシア王がエジプト王(ファラオ)を兼ねていたということらしい。

アルタセルセの他に、王の軍隊のトップ、アルタバーノも実在の人物。アルタバーノが王セルセを暗殺し、首謀者としてアルタセルセの兄ダリオが疑われ、アルタセルセはダリオを殺害して王に即位したというのも史実。それ以外の部分は、台本作家メタスタージオの創作ということかな?

ちなみに王セルセと兄ダリオは、この作品では名前のみの登場。

 

  • 演出もおもしろい

皆さーん、厚塗りメークと大袈裟な衣装が本当に良くお似合いで!!

場面ごと、あるいは幕ごとに、衣装が変わったり、お揃いの衣装を着ていたり、メークが変わったりするので、話の流れを分かっていないと、誰が誰だか分からなくなる。フランス?ルネサンス?歌舞伎役者?紅白歌合戦??

ダイジェスト版をチラ見してみよう!


ARTASERSE - Vinci - Opera of the Year

 

今回の演出は、何かの舞台作品のプロダクションという設定らしい。映像には舞台裏もチラリと出ていて、客側の人間としてはちょっと新鮮。

冒頭ではメーク&ヘアセット途中の格好で、歌手の皆さんが出てくる。ニコニコみんな楽しそう。客席の誰かに向かって微笑む人、共演者にウインクしたり、耳元でナイショ話したり。自由だなぁ。いいなぁ。

  • なぜカウンターテノール5人も?

作曲当時、1730年のローマの劇場では女性歌手は歌わせてもらえなかったらしい。なので女性役も男性が歌う。女性の役を歌う男性歌手を「スカート役」という。(逆パターン、女性歌手が少年などを歌う「ズボン役」はオペラの世界ではお馴染みだけど、「スカート役」は初めて聞いたわ。)

当時はカストラート歌手(去勢男性歌手 知らないなら詳細は別途調べてね)全盛期。カストラートは、別に女性役のために存在しているわけではない。現代のわたしたちから見ると奇妙だけど、男性役もカストラート歌手のために女声の音域で書かれていることも多い。

そんなわけで、そもそも作曲当時にカストラート歌手5名+テノール歌手1名という全員男で歌うことを想定して作曲された作品だった。現代ではもちろん女性役を女性歌手に歌ってもらうことも可能なのだが、この上演では、当初のローマのしきたりに従い、全キャスト男性で歌うことにしたという。結果、登場人物全6人中5人がカウンターテノールという、カウンターテノール歌手ファンが失神しそうなぐらい豪華なオペラプロダクションとなったのだった!

 

フランス ナンシーのロレーヌ国立歌劇場の宣伝動画


Artaserse

  • 女性を演じる男性歌手たち

マンダーネを歌うのはツェンチッチマンダーネは王セルセの娘で、王子アルタセルセの妹。そして、王の軍隊のトップアルタバーノの息子であるアルバーチェと身分違いの恋愛中。

セミーラを歌うのはサバドゥスセミーラアルバーチェの妹。王子アルタセルセと身分違いの恋愛中。でも、父アルタバーノの部下メガビーゼセミーラを狙っている。

たいへん美しい女たち2人はたいへん美しいドレスを着ているので、彼女たちが「スカート役」であることは、一目でわかる。2人とも動きも表情も女性的で美しい。王家の一員として気品あるマンダーネと、愛らしいセミーラ

でも、本当は男なのです・・・ということは気にしないでね!

どこ見てるんだと突っ込まれそうだけど、二の腕もウエストも細めのサバドゥスと比べると、ツェンチッチは筋肉もりもり立派なお体で・・・ どうしても「スカート役」が2人いると見比べてしまう(笑) いや、でもね、それでも、ツェンチッチが演じるマンダーネは素敵ですよ。手で顔を覆って泣いている姿とか。かわいいわよ。

 

  • Oh Dio, tu piangi

Dio (ディオ)は「神」。フランス語ではDieuでしたね。ドイツ語は英語に近いGottです。オペラでは悲劇的な場面が多いので神に語りかける人も多いのですよ。
Tu piangi (トゥ ピアンジ)は、「君は泣いている」という意味。「泣く」という単語 piangere も頻出単語。ご覧ください。Tu(君は、おまえは)に対して、動詞は i で終わる形に変化する。ちなみに、 Io (わたしは)の場合、動詞は o で終わる形に変化する。

身分違いの愛を認めてもらえず、別れるアルバーチェと王女マンダーネの場面でオペラは始まる。彼女が泣いているのでアルバーチェも悲しい。

 

  • Fuggi!

「逃げろ!」という意味のイタリア語はオペラではお馴染み。

発音は「フッジ」

王セルセを殺したアルタバーノは血の付いた剣を息子アルバーチェに渡して証拠隠しをしようとする。こんな恐ろしいモノを持って逃げろって、都合良過ぎるだろ。おい。案の定、逃げ切れずにアルバーチェは捕まってしまう。

「血」はSangue(サングエ)という。フランス語でもそうだったはず。「血」あるいは「王家の血」など、サングエという単語はこの作品でも何度か出てきた。

 

  • Amico

アミコは「友」という意味。これはその友が男性1人の場合。複数の場合はAmici(アミチ)となる。Cの発音が変わるところに注意。父である王が殺されてオロオロするアルタセルセは、犯人がアルタバーノであることを知らない。アルタバーノを「友」と呼び、助けてもらおうと必死。無実の兄ダリオが犯人に違いないと勘違いして、兄の処刑をアルタバーノに指示してしまう。アルタバーノは思惑通りだと喜ぶ。

悪い人ではないけど、頼りないところがあるアルタセルセの人柄をジャルスキーが好演。

Cの発音は他にもある。Cheの場合は「ケ」となる。意味は「何」

Che ascolto (ケ アスコルト)は、信じ難い話を聴いたときに返す言葉。「何だって!?」という感じ。直訳では「何を聞いているの、わたしは」という意味。ドイツ語のオペラでもお馴染みですね。 → Was hör' ich

 

  • Sono innocente!

はい!重要フレーズです。ハイライトしましょう!

捕まったアルバーチェは、父が王を暗殺したという本当のことは言えず、それでも、自分は無実だと訴えます。ソーノ イノチェンテ! と叫ぶ。オペラ内で何度もこのセリフを叫んでいるので、聞き逃さないようにしましょう。

I am innocent.

Io sono innocente.

英語の語順通りなのだが、イタリア語では動詞の変化を見れば主語がはっきり分かるので主語は省略されることも多い。スペイン語でもそうでしょ?「わたしは無実だ!」とアルバーチェが叫ぶときは、いつも Io(イオ)は省略されている。

ちなみに日本語でもよく主語が省かれるが、日本語の場合はイタリア語の場合とは状況が違う。日本語の場合は誰の発言なのか曖昧だったりする。「わたしは」「わたしたちは」「当社は」あるいは、一般論なのか、または、わざと曖昧にしたいだけなのか。翻訳者泣かせだ。

 

  • Sei traditor!

セイ トラディトール!(裏切り者!)

これも主語省略です。

Tu sei traditor.

無実だと、アルバーチェがいくら必死に訴えても、彼はあの血の付いた剣を持っていたので、みんなが彼を疑うのも仕方ない。愛するマンダーネも「セイ トラディトール」と強く言い放つ。愛する恋人が父を殺したなんて。嘘であって欲しい。あんなに号泣しながらマンダーネアルバーチェに「裏切り者」と叫ぶ。かわいそうに。でもアルバーチェが一番かわいそうだ。悪い父に利用されて、愛する人にも信じてもらえない。演じるファジョーリの見開いた瞳がうるうるしている(涙)誰か信じてあげてよ!じゃあ、スズキが!

第1幕の終わり、「もう耐えられないので、ボクは退場しまーす!」とファジョーリは言っているように見える。それなのに、プロダクションのスタッフが「いやいや、何言ってるの?あとワンコーラス頼みますよ。スター!」と言って連れ戻しているように見える。猫耳カツラを被せて、腕を操り、キラキラ金箔まで撒き散らして。もう嫌だぁ。スズキも「退場しまーす」(涙)

 

  • 第2幕と第3幕ではみんな顔にホクロ?謎だ。

第1幕では何も付いていなかったのに。意味をご存知のかたはスズキまでご連絡いただければと・・・

 

  • 悪役メガビーゼにも注目してあげて・・・

悪役なのだけど、彼はちょっとおもしろいわよ。セミーラを自分のものにすること以外に興味ない人。セミーラが登場するなり、満面の笑みでニヤニヤっとしたのを見ましたか?わたしは何より生鑑賞を支持する人間だけど、こういう一瞬の表情は生鑑賞では気づきにくい。DVDならではの面白いところ。

第2幕では、アルタバーノが、いつも世話になっているメガビーゼに、娘セミーラをあげると突然言う。メガビーゼは思いっきりガッツポーズしている。(ヤッター!という感じでカワイイ)

でもね、セミーラは王子で次期王のアルタセルセを愛している。メガビーゼのことは生理的に嫌いらしい。あの後、必死に口元を拭っていた。(ピンクの口紅が顔中に広がってすごいことになってたわよ。。)悪い男メガビーゼセミーラに愛されなくても、セミーラを妻として所有するだけで満足だと言い切る。むむむ。本当にイヤな奴ね。あのねぇ(突然説教するスズキ)、「アンドレア・シェニエ」のジェラールは、マッダレーナを襲おうとしたけど、彼女のシェニエへの想いの深さを知って、襲うのやめて、シェニエを救出しようとしたのよ。ちょっとは見習ったら?メガビーゼさん。

そんなメガビーゼの最大の面白い場面は、ちょっと前に殺されて死んだはずなのに、キラキラ金箔を撒きながら笑顔でフィナーレに登場したところでしょう!

ええ!!?? なんで?! しかも誰も突っ込まない(笑!) ツボにはまってスズキは笑いまくった・・・

 

  • 悪役アルタバーノにも注目してあげて・・・

わたしが知らなかっただけで、この作品上演はカウンターテノールファンの間では伝説的な出来事だったらしい。登場人物6人中5人がカウンターテノール歌手となれば、カウンターテノール目当ての客ばかり来るのは当然。だけどさ、テノールのアルタバーノだって重要キャラだよね。活躍しているよね。もっと見てあげて。。。

アルタバーノ、悪い人に見えるでしょ?

うん、本当に悪い人なのですよ(笑)

でも、彼は息子を愛していた。溺愛していた。「うわぁ」と思ったセリフがある。

Io l'amo appunto perché non mi somiglia.

イオ ラモ アプント ペルケ ノン ミ ソミーリア

まず最初のところ Io l'amo は I love him ただし、英語とは順序が違う → I him love (フランス語のように)

perché も何となく分かるでしょ? because です。perché の後ろに続くのは理由です。

somiglia は英語の similar と同じでいいのだろうか?

とにかく、この文の意味は「わたしは彼(息子)を愛している。なぜなら、彼はわたしとは違うから」となる。

悪人アルタバーノは、自分が悪い人間だと自覚していたかどうかは定かではないが、息子アルバーチェが誠実で人望のある優れた人間であることは十分知っていて、それは自分にはない素質であることも十分知っていた。王セルセがどんな王だったのかわたしは知らないが、優秀な息子アルバーチェこそ王にふさわしいとアルタバーノは思っていたのだろう。その思いが、野蛮な行為に彼を走らせた。当の息子は王権などに興味なく、そんなことは望んでいないし、王の息子とは親友同士だし、その妹は恋人だというのに。

第三幕で、息子を逃すために牢獄にやってきたアルタバーノ。しかし、そこにもう息子の姿はなかった。もしかしたら息子は既に処刑されたのかもしれないと思い込んだアルタバーノのショックの嘆きも、ここで取り上げたい。

Se più non vivi, morro

セ ピウ ノン ヴィヴィ モロ

主語が省略されるとシンプルになりますね。省スペースですね(?)

Se は If で、vivi が生きるに関する動詞、morro が死に関する動詞ということが分かれば、意味は想像できるでしょ?

vivi はi で終わっているので主語は「おまえ」、morro は o で終わっているので主語は「わたし」です。

「もしおまえがもう生きていないなら、わたしは死ぬ」

思うのだが、このオペラの題名役はアルタセルセなのだけど、真の主役はアルバーチェで、準主役はアルタバーノなのでは?そういう意味でも、もう少しアルタバーノに賛美を送ってあげようよ・・・

 

  • アルタバーノを歌うテノール歌手サンチョ

この記事を書くために歌手たちの情報を調べた。サンチョは「スペイン生まれで、もともとピアノを学んでいて・・・」ん?あれれ?どこかで読んだ文だな。

去年YouTubeで見て気になって調べたことがあったのだ。この「アルタセルセ」DVDでは特殊メークだから、気付かなかったなぁ(笑)わー!驚きだ!それに、こんな悪役のイメージは全然なかった。

彼はユトレヒトの古楽音楽祭で演奏されたフランスのバロック作曲家ラモーのオペラ「ボレアド」(ウィキペディア)で歌っていた。このオペラ作品について調べるとテノールの役が見当たらない。代わりにオート・コントル haute-contre というのがある。フランスのバロックオペラ独特の音域で、テノールのうちもっとも高い音域を歌う歌手(ただしカウンターテノールではない)ということらしい。通常より高い音域のせいか、妙に気になって歌手を調べてみたのだった。(+うっすら汗をかきながらも端正な雰囲気を崩さないところも気になって 笑)

勉強になりました。

「アルタセルセ」とは関係ないけど、さあさあ!アナタもラモーのオペラをどうぞ!


Rameau: Les Boréades - Collegium 1704 led by Václav Luks - Utrecht Early Music Festival

 

  • La morte / La vita

セミーラちゃんは悲しくなってしまいました。お友達のマンダーネとも意見が合いません。2人ともアルバーチェが犯人であると思い込んでいます。でも、犯人であっても兄アルバーチェに生きていて欲しいセミーラ、一方、殺された王の娘として、恋人アルバーチェに死を求めるマンダーネ。生 vita を求めるセミーラ、死 morte を求めるマンダーネ。2人に挟まれて、ますますオドオドするアルタセルセ

アルタセルセは信頼する友で軍の長官であるアルタバーノに判断を任せることに。息子アルバーチェに死罪を言い渡すことになったアルタバーノはうろたえる。

「あなたの希望通りになったよ」とアルタバーノマンダーネに声をかける。なのに「死」を望んでいたはずのマンダーネは大激怒。それでも父親か!あんたなんかモンスターだ!と言い放つ。彼女にしてみれば、殺された王の娘である自分は容疑者である恋人に死を求めるのは立場上当然だけど、あなたは容疑者の父親なのだから息子の味方をするべきだということなのだろう。

アルタセルセセミーラに責められる。セミーラはキリっとアルタセルセを睨みながら、「アルメニアの虎」とか言ってる。アルメニア?調べてみると「カスピトラ」「ペルシャトラ」などと言われる広いエリアに生息していたトラらしい。すでに絶滅。

ところで、これは第2幕の場面で、ちょっと前にメガビーゼに襲われたセミーラは口紅が顔全体に付いたままなのだが、アルタセルセは気が付かない。鈍感だな。ふふ。いや、それどころではない緊急事態なので仕方ないか。普段だったら、「どうしたのその顔?何があったの?」と言うはず。とういか、たぶんアルタセルセセミーラメガビーゼに狙われていることに気付いていないのだろうね。なんだかアルタセルセは少々頼りない人物としてこのオペラでは描かれている。

そんなわけで、みんな孤独感を味わいながら第2幕は幕を閉じる。

 

  • アルタセルセアルバーチェの友情

この記事でさんざん「頼りない」とスズキに言われてしまったアルタセルセだが、第3幕でかっこいいことをする。何の証拠もないのに、疑いがはっきり晴れたわけではないのに、死刑となった親友アルバーチェをこっそり逃がすことにしたのだ。

アルタセルセ:逃げて生きて、そして、Rammentati Artaserse (アルタセルセを思い出してね)

アルバーチェ:ぼくが失った平穏のもとであなたが休めますように(みたいなことを言う)

 

  • 愛を否定されたアルバーチェ

こうして、こっそり抜け出したアルバーチェは、去る前に一目でいいから愛するマンダーネに会いたいと思う。もうアルバーチェは死んでしまったかもしれないと思っていたマンダーネは一瞬だけ喜ぶも、アルバーチェへの愛を否定した。

愛に関するセリフを1つ紹介したい。

Sentimi

センティミ

Senti + mi

Sense me

直訳すれば「わたしを感じて」なのだが、日本語としてはちょっと何だかね。「あなたを想うわたしの気持ちを感じて」「あなたを想うわたしの存在を感じて、知って、忘れないで」そんな感じなのだろうか。

Sentimiはオペラでよく見る表現。この場面ではアルバーチェマンダーネに言ってる。

アルバーチェは、一言でいいから恋人の愛を確認して、それを励みに遠くで孤独に生きていこうと思っていたのだろう。でも、否定されて、もう生きる気力を無くしてしまった。マンダーネに剣を渡して「殺してくれ」と言う(涙・・・何言ってるの!だめよぉ!!スズキ)

マンダーネアルバーチェにFuggi e vivi (逃げて、生きて)と言う。

困惑するアルバーチェの嘆きがこちら。

Tu vuoi ch'io viva o cara,

ma se mi nieghi amore cara,

mi fai morir

(o cara オーカーラ は愛する人への呼びかけです。除きましょう。)

Tu vuoi ch'io viva,

ma se mi nieghi amore,

mi fai morir

vuoi は「~したい」という要望を表す。「君はぼくに生きて欲しい(という)」

ma は「でも」 se は「もし」。さっきも出たね。

「でも、もし、愛を否定するなら」

fai は英語の make のようなもの。つまり mi fai morir → you make me die

「君はぼくを殺している(と同じだ)」

 

  • 毒入りの杯

Ecco la sacra tazza! エッコ ラ サクラ タッツァ(ほら、聖なるカップだよ!)

息子が既に処刑されたかもしれないと落ち込むアルタバーノに、悪友メガビーゼが「どっちでもいいじゃないか!とにかく新しい王アルタセルセを殺そう。即位を祝う杯に毒を仕込もう」と提案する。悪い奴だ。

Eccoは Here is とか Here comes などの here に当たる。フランス語ならVoiciやVoilaだろう。オペラに限らず、日常でよく聞くことば。簡単だから覚えておこう。

メガビーゼ一味が新しい王アルタセルセを倒そうと攻め入ろうとしていたところ、アルバーチェが制して、アルバーチェアルタセルセの味方であることが証明された。

それでも先代王セルセの暗殺疑惑の背景を語ろうとしないアルバーチェだったが(語れるはずもない)、これでアルバーチェは正式に許された。そして、即位を祝う酒を一緒に飲もうと、新しい王で昔からの親友アルタセルセは言う。

アルタバーノが狼狽する。アルタバーノが自分が王セルセを殺したことを告白し、酒に毒が入っていることを暴露する。そして、剣でアルタセルセを殺そうとするが、アルバーチェが止める。王アルタセルセはもちろんアルタバーノを許せない。当然死刑だ。

残酷で究極の自己中な父アルタバーノなのに、誠実すぎるアルバーチェは父を愛しているのだった。王に頼んで、父の命を助けてもらいフィナーレ。

 

ワーナー/エラートの宣伝動画はフィナーレの場面


Leonardo Vinci: Artaserse (with Philippe Jaroussky)

 

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バロックオペラはおもしろいね。

日本はクラシック音楽大国だけど、オペラの上演は数も質もヨーロッパには及ばない。それに、主役級のカウンターテノール歌手を5人も集めるなんて、日本では無理だろう。この5人まとめて来日というのはほとんど不可能。ヨーロッパ域内と比較すると移動時間もかかるので、人気者たちのスケジュール調整も難しい。

そう考えると、日本は僻地だなぁと思う。

DVDで楽しむしかないのか。

演奏会形式はたまにあるだろうけど、それも多くはないよね。

そういえば、来年、新国立劇場でヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」(ジュリアス・シーザー)があるね。

 

バロック作品の演出付きステージオペラで、唯一わたしが日本で観たのはパーセル「ディドとエネアス」で演奏時間1時間程度。(ちなみにヴィンチ「アルタセルセ」は3時間半) 

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バロックオペラはおもしろいね。

バロックオペラはおもしろいね。

バロック芸術のドラマチックさが最も強烈に出ているのがオペラなのでは?

バロックオペラはおもしろいわ。

上のラモーのオペラもいいわよ!!!(今聴いている)

こうしてますます世間一般と話が合わなくなる・・・

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