世界で活躍する大物ピアニストになりたいなら

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世界で活躍する大物ピアニストになりたいなら、

この本で繰り広げられるインタビューに対応できるピアニストを目指すと良いのでは?

クラシック音楽ファンのスズキはそう思う。

つまり、音楽全般(ピアノはもちろんピアノ以外も)の知識が豊富で、情報をベースに自分の力で深く研究分析ができて、自分なりの考えをまとめることができて、それを踏まえて演奏する表現力とテクニックを持っていること。

好奇心が強く、情報収集と研究分析を生涯にわたり続けられること。

人の演奏の分析ができること。テクニックや感性の分析ではなく、その人がどのように作品を分析したか、演奏から読み取ることができること。人の演奏を真似するのではなく、作品研究の参考にする。あるいは、音楽を愛する鑑賞者の一人として楽しむ。

楽譜だけに注目するのではなく、作曲の背景や時代や人物などを熟知していること。

ピアノ以外の作品の知識というのは、管弦楽や室内楽だけでなく、オペラや歌曲なども含むこと。言うまでもないが、「一応、一通り聴いた」というのは「知識」とは言えない。作曲者や作曲手法の理解、時代の特徴、影響などを関連付けてピアノ演奏に活かせること。

この本のインタビュー内容のようなことを英語で明確に説得力をもって話せること、書けること。(できれば英語プラス他の複数言語で)

 

インタビュアーの焦さんもピアニストたちも、クラシック音楽のエンタメ化、商業主義に対する危機感を持っているのだけど、それは音楽ファンのスズキも同じ。

 

わたしの勘違いならいいけど、最近のピアノの専門家を育てるための教育は、日本では(いや世界でもそうなのかもしれない)

・凄いテクニックを磨く

・凄い感情を込める

ことにばかり注力しているように思う。

ちなみに、ここでいう「感情を込める」というのは、具体性のない漠然とした「感情」であり、研究分析の結果としての感情ではない。演奏者本人(アタシ、オレ)の個人的な感情を演奏の中心にするのは、クラシック音楽の本来のアプローチとは違うように思う。

また、作曲家の人生を知って感じた喜怒哀楽などの単純な感情を込めるというだけでは、プロの演奏としては物足りない。研究分析が足りていない。

芸術のエンタメ化、商業化、それに相応しい教育と目標。それが日本と世界の最近の流れなのだろうか。

わたしの勘違いならいいのだけど。

 

ところで、いつも思うのだけど、東京には音楽大学も音楽科の高校もピアノ教室も山ほどあるのに、コンサートに来る学生が少ないのは何でだろう。いないわけではないけど、たまに学生っぽい人々を見かけると「お!」とオバサンスズキは思う。

一方で、ピアノコンクールや現役音楽教師のリサイタルには沢山の若いお客さんが来る・・・

音楽を専門的に学んでいる人たちは、友達(ライバル)の演奏と師匠の演奏ばかり聴いているということなのだろうか。(それから、YouTubeも?)

お馴染みの身近な人間から刺激を受けることがお好きなのだろうか。

自分からできるだけ遠いところにいる人の演奏に興味はないのだろうか。

まさか今もまだ「先生のチケットを販売するノルマ」(日本独特の風習)とかあるのだろうか。(むかしはあったらしい・・・)

ヨーロッパの演奏家の来日公演とか興味ないのだろうか。学割チケットもあるのに。

数は少ないけどオペラや歌曲だって東京で鑑賞できるのに。

 

台湾の凄すぎる音楽ライター、焦(チャオ)さんのスゴイところは、過去記事に書いたので、良かったら読んでいただければと思う。

www.music-szk.com

焦さんのインタビューの内容の濃さは第4弾でも相変わらず素晴らしい。事前準備が徹底しているところも引き続きスズキは大尊敬している。

 

訳者も「あとがき」で驚いていたけど、メルニコフのインタビューのために焦さんはショスタコーヴィチの24の前奏曲とフーガを2ヶ月もかけて研究したそうだ。そして自分なりの考えをメルニコフと共有している。すごいわ。

わたしも楽譜は持っているのだが、素人のスズキにはそんな高度な研究はできない。気に入っていて、弾きやすそうな部分をパラパラ弾いてみるだけ・・・

www.music-szk.com

また、コチシュのインタビューも印象に残っている。あんなに精力的にピアニストとして、指揮者として音楽に携わっていたということを、わたしは全然知らなかった。生前最後のインタビューとなってしまったのが残念すぎる。彼は、生きている限り話も活動も尽きないだろうから、インタビューは第2回、第3回と続いただろうに。 。

ja.wikipedia.org

 

 

簡単で楽しいだけの音楽ばかり求める雰囲気はいやだ。

有名な人気曲ばかり演奏されるコンサートもつまらない。

音楽には必ずエンタメ的な要素がある。それは否定しない。クラシック音楽の入り口を広くするのは良い。でも、それだけではファンは退屈で死んでしまう。それに、わたしは、クラシック音楽に度を超えたエンタメ性は求めていない。

知性と感性を刺激する音楽を聴きたい。

この先、わたしは引き続きクラシック音楽を愛し続けることができるのだろうか?

それは、演奏家の皆さんの能力と努力と情熱にかかっている。 

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