LFJ公開マスタークラス ピアノ 講師ルイス・フェルナンド・ペレス(2013年5月の旧スズキブログより)

(これは閉鎖した旧スズキブログに掲載していた記事の抜粋です。)

2013年5月

マスタークラス

講師:ルイス・フェルナンド・ペレス(ピアノ)

曲目:グラナドス「ゴイェスカス」嘆き、またはマハとナイチンゲール

 

ちょうどこの直前にペレスさんのグラナドスCDを買ったばかりなので私はこの曲のことはまったく知りません。まったく知らない曲のレッスンを聴くのは残念ですがそんなこと言っていられません。

昨日も少し述べましたがペレスさんは長身眼鏡のシルバーヘアの好青年です。スペイン男と聞いて想像する姿とは全然違います。昨日の格好で、カワイイ蝶ネクタイを地味なネクタイに替えれば、「ドイツ出身の弁護士です」なんて言っても通用しそうです(笑)

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グラナドスCDのジャケ写真↑なんか見るとペレスさんは極細に見えますが、マスタークラスに私服のスポーティなポロシャツで登場したペレスさんの二の腕の逞しいこと!アスリートの腕かと思うほど立派で驚きました。なるほどあの迫力はこの腕から出ているのですね。そのまま真似しようとしたら私は怪我します・・・

生徒役はフェリス女学院大学出身のお嬢様風の方です。演奏を聴くときのペレスさんの嬉しそうな顔。まるで私が好きなピアニストの演奏を聴く直前の顔みたいです。(世間からはスズキさんのそういう顔はキモイとか言われそうですが・・・)

フェリス出身の方のピアノは初めて聴きました。綺麗な音色に聴こえたものの、レッスンが始まるとそんな感想は吹っ飛んでしまいました。顔は超笑顔のまま次々と厳しい指摘を繰り返すペレスさん。

まずグラナドスという作曲家について、それから歌劇「ゴイェスカス」の説明。女の嫉妬心を表した曲とのこと。細かい場面展開を一つずつ説明しながら進めました。時に歌い、時に鍵盤を奪って弾いて見せたり。

スペイン語通訳でしたが、直接伝えたくて仕方ない感じで一部英語で話していました。

何度も指摘されていたのは「そこはアルペッジオなんて書いていない。歌うように弾いて」という点。チャララン♪と煌びやかに弾くとカッコいいんですよね・・・それを我々は勝手にスペインっぽいと思ってしまうのでしょうか。でも、スペインってもっと黄昏た感じの歌心が似合う文化のようです。また、この曲はスペインとはいってもアルベニスのイベリア組曲とは違ってペレスさんのご出身のマドリッドの方だそうです。

それから、「ここまではメロディー、でもこの先は違う。」とか。どこがメロディでどこがハーモニーか明確に。これも何度も指摘されていました。呼吸を意識してとかも。

「ここは痛みでしょ。こっちは愛でしょ。」「恋に落ちたときそんな風に弾く?」感情重視なのです。厳しいです。

無駄な音は一つもないのだと仰います。そんなことすべてのピアノ教師が言うことでしょう。言うだけの人も多いのでは・・・(いえ、攻めていません。それが普通です。)でもペレスさんは、それを本当に一切妥協せずに完璧にすべての音に意味を持たせようとしています。そうしてこの人の演奏は完成度の高いものになったのですね・・・

生徒役も大変ですね。精神力が必要だと思います。聴衆も見ていますから。終始素敵な笑顔でしたが(先生も生徒も)、言ってることはストレートで厳しいし要求も厳しい。

フォルテの出し方にもやはり強く拘っていました。力任せに弾かないでと。どうしても爆音を出したいなら、ゆっくり鍵盤を押さえてと。昨日の演奏でもあんなに高速和音連打しながらもちゃんと溜めて弾いていたから、フォルテを気にしがちな私でも心地良く楽しめたのでしょう。

ペダルが濁っているのもいちいち全部指摘していました。たいして耳が良いわけではないスズキでさえ分かるような濁りは当然生徒だって気付いています。濁り易い部分だから妥協しちゃったのでしょうけど、そんなところも許さないのですね・・・

昨日ペレスさんがどのようにペダルを使っていたか、見るのを忘れてしまいましたが、音だけはしっかり聴いていました。音色と響きに拘るスズキは耳の感度は低いくせに非常に敏感に音を聴こうと構えています。濁りは要チェックです。初めて聴くピアニストの演奏は特に気合入れて聴いていると思います。(自分の演奏は諦めてるから気にしないけど・・・)

昨日、聴いて思ったのは、ペレスさんはギリギリまでペダルで音を伸ばすのに濁らせないのです。スリリングな感じがしました。いや、もっと言えば、微かにほんの一瞬だけ濁らせているのではとさえ思ったり。そして、一瞬でクリアに切り替えて響かせるのです。そうすることにより、より純度の高いクリアな音に聴こえるような・・・私の気のせいかもしれませんが。

鳥の鳴き声の話も素敵でした。鳥の声なんて、向こうの人にとっては身近なものなのでしょう。早朝、1羽がピチピチ鳴くと、遠くで別の1羽がピチピチ返す、また別の鳥も加わってそのうちたくさんの鳥たちが騒ぐ・・・どんどん物語が音で再現されていきます。すべての音に意味がある・・・やっぱりそうだ。

そしてレッスンの終盤、ペレスさん本人の口から「指先で弾く」という話が出ました。

やはりそうなのです!

昨日書いたことです!

昨日私が熱心に観察して理解したたことは間違っていなかったのです。強く保つのは指先だけなのです。彼ははっきり「第1関節から向こう」と言いました。昨日の演奏でもそうです。本当に指先を中心に音色を作っていました。

我々ピアノ学習者、は手全体を使って、全身を使って弾かなければいけないと指導されることが多いような気がします。それが一般的なピアノ学習法なのだと思います。「指先で弾く」どころか、「指先だけで弾かない」と注意されそうな・・・

でも、昨日たまたま至近距離で見たペレスさんの演奏も、今日聴いた2つの公演のピアニストの演奏も、指先で弾きながら、手首や腕、身体はそれを軽く補佐する程度です。(もちろんフォルテッシモを弾くときはもっと全身を使いますが。)

正しい奏法を巡って、いろんな意見があるとは思いますが、私にとっては目の前のグランドピアノで聴いて、この目で観た奏法ほど説得力が強い演奏はないのです。どうやってどんな音色を作っているか、キチガイの様に必死に観察しているわけですから・・・(スズキさんったら、キモイですね。)

ペレスさん最後にもう一言、通訳さんも「本当?」と聞き返したほどのこと。「この女の嫉妬を描いた曲はグラナドスが妻に贈った曲である。それから、グラナドスにも愛人がいたらしい。」そうで・・・「妻がこのプレゼントをどう思ったかは分からない」と。ああ、だから曲の分析って面白いのです。

クラシック音楽が好きで仕方ない、ピアノが大好き、曲を分析すること、美しさを徹底的に求めること、感情の変化を表現することが好きで仕方ない、ペレスさんはそんなオーラを放っています。だから、あんなに終始ニコニコ嬉しそうな顔ばかりするのです。まるで私が音楽に浸るときの顔みたい・・・(勝手に親近感)

しかし、この講師の立ち居振る舞いも態度も本当に1977年生まれとは思えません。人間として完成されているというか大人です。茶目っ気も感じるけど精神的に落ち着いている感じがします。

マスタークラスほどピアニストの実力を知る最高の機会はないのです。これ、有料コンサートに匹敵する価値があると思います。でも席数が限られているので「絶対行くべき」なんて言ってはいけませんね・・・こっそり行きましょうね。

とんでもない人間を知ってしまいました。なんでこの人はこう弾くのだろう、どういう育ち方をしたのだろう、人生観は、価値観は、考え方は・・・久し振りにそこまで突っ込んで知りたくなるようなピアニストを知ってしまいました。

LFJというのは貴重な機会なのです。ペレスさんがどれだけ実力派であっても、普通のホールでのソロ・リサイタルなら、他の有名なピアニストやコンクール歴が目立つピアニストなどに負けて見落としてしまいそうです。目立たないと思います。私のブログ読者で彼の名前を知っている人などおそらくほとんどいないでしょう。

昨日のあの熱狂した公演は、たった250席ほどの部屋で行われました。たった250人しか体験していないのです。しかも既にこの知る人ぞ知る存在であるペレスさんの魅力を知っていた人も多かったように思います。新参者としてそこに加わることが出来た私はラッキーなのです。こういうことが起こり得るから、必死に小さい部屋の公演を求めてしまうのです。

LFJがなければ、私はきっと今も知名度やコンクール歴を参考にピアニストを選んでいたことでしょう。今大きな影響を受けているピアニストの存在など知らなかったはずです。

何度も申し上げますが、LFJにも課題は多くありますが、私は感謝しているし応援したいです。

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ええと、魂を抜かれてしまいました(笑)

私は決して酒飲みではありません。美味しい食事をいただくときに、それに合うアルコールが1杯あればそれで十分です。でも音楽に打ちのめされたとき、たまに身体がアルコールを欲することがあります。仕方ないので混雑する国際フォーラムから離れてランチとビールをいただくことにしました。とんでもない人間を知ってしまったとまで思ったのはぴったり2年前のLFJでのブラレイさん以来だろうか・・・あのときはもっとジワリジワリでしたが・・・

 

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