パーセル作曲 オペラ「ディドとエネアス」(ゆる~い解説)

パーセルって誰?

イギリスの作曲家ヘンリー・パーセル(1659年~1695年)はバロック時代に活躍しましたが、実はわたしは彼の作品はまだあまり聴いたことがありません。

2016年のクリスマスにドイツのライプツィヒで1曲だけ聴きました。弦楽四重奏による演奏です。

重要な作曲家の1人ですが、同じバロックの時代の派手な音楽や衝撃的な音楽と比べると、彼の作品はシンプルで小規模で目立たないものが多いのかもしれません。

パーセルが生きた時代はシェイクスピアより少し後です。当時のロンドンではイタリアやフランスで人気だったオペラより、音楽のない劇(戯曲)の方が人気だったというのも納得できます。

そういう意味では、このオペラはイギリスが誇る非常に貴重な古楽オペラ作品です。

そして、去年2018年に初鑑賞を果たしたわたしはすぐにこの作品を気に入ってしまったのです。

 

ローマ・ギリシャ神話?

ストーリーは古代ローマの詩人ウェルギリウスが書いた古代ローマ神話の抒情詩がベースになっています。抒情詩では、ギリシャのトロイ滅亡後、英雄で半神のエネアスがローマに逃れるという内容が描かれています。

エネアスはローマに向かう途中でカルタゴに立ち寄り、カルタゴの女王ディドと恋に落ちます。

登場人物は実在の人物ではないです。(エネアスも半分人間で、半分神という設定ですし・・・)

ウェルギリウスの抒情詩では、エネアスは神からのお告げを受けて、それに従います。つまり、愛する女ディドを捨てて旅立ったのです。パーセルのオペラでは、神ではなく、意地悪な魔女たちがニセのお告げをして、エネアスはディドのもとを去るという設定になっています。

ローマ神話とギリシャ神話では神々の名前が異なっていたり、似たような話があったり、諸説あったり・・・調べれば調べるほど頭の中が混乱して困ってしまいます。

でも、そこまで必死に頑張らなくても、このオペラ作品を楽しむことは可能ですから、心配しないでください。

 

ディドって誰?

このオペラのヒロインです。英語読みだと「ダイドー」です。幼名は「エリッサ」です。

ローマ・ギリシャ神話に登場する古代カルタゴ王国の女王です。古代カルタゴ王国は現在のチュニジアの首都チュニスの近くにありました。

古代カルタゴ王国は実在した王国ですが、ディドさんという人物は伝説上の存在です。

ウェルギリウスの抒情詩は、古代カルタゴ王国の伝説とは違う内容となっているようです。でも、どちらのストーリーでも結局のところ、ディドは自死を遂げるのです。

 

エネアスって誰?

このオペラのもう1人の主役です。英語では「イニーアス」です。

トロイの英雄でした。火が燃え広がる中を高齢の父親を背負い、幼い子どもの手を引いて避難したといいます。その場面はよく絵画にも描かれています。

トロイ陥落後は新天地を目指し、ローマに辿り着きます。

彼は勇敢なだけでなく、とても美しいのです。なぜなら彼の母親はギリシャ神話で言う愛と美の女神アプロディーテー、つまりローマ神話ではウェヌス、そう、ヴィーナス(ヴェーヌス)さまなのです!

母親が女神なのでエネアスは半神なのです。

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ストーリーは?

トロイから逃げてきたエネアスはカルタゴに流れ着きました。

遠くから来た英雄を迎え入れたカルタゴの女王ディドは恋の病にかかってしまいました。相手はもちろん英雄のお客さんエネアス。想いを伝えたいのに、シャイな彼女は思い留まってしまいます。

周りの人々は温かく彼女を応援します。

幸運なことに、エネアス側もディドに惚れ込んでしまい、恋に苦しんでいました。

お互い想いが通じ合い、2人は幸せに包まれます。

お付の者たちが見守る中、2人は森を散歩します。

天気が悪くなり、帰ろうとしたとき、エネアスは何かに引き止められます。

「おまえはイタリアへ行く運命なのだ。今夜、旅立て」とお告げがあります。

単純な英雄エネアスはディドを捨てて旅立つことを決意してしまいます。

これは悪い魔女たちの仕業でした。

魔女たちは大喜びで下品に歌いまくります。

ディドは別れを告げられて強いショックを受けます。

その様子をみた優柔不断な男エネアスは突然撤回して「ここに留まる!愛に従う!」などと言い出します。

「一度でも自分を裏切ろうと思ったアナタを許すことはもうできない」とディドは言います。そしてエネアスに向かって冷たく「行け」と言います。

エネアスが去り、ディドは死を迎える準備をします。

いつもやさしく見守ってくれた侍女ベリンダにお別れの言葉を伝えました。

(どう?どう?このストーリー、気に入った?) 

 

英語オペラだから親しみやすい?

いいえ。実はかなり分かりにくいです。

シェークスピアより少し後の時代ですが、ほぼ同じ時代の英語です。初期近代英語 (Early Modern Engish) です。現代英語とはけっこう違う部分があります。同じ時代のイタリア語オペラやドイツ語カンタータのテキストの方が、現代語に近いと思います。

去年鑑賞したときにリブレット対訳をもらうつもりでいたのですが、残念なことに、そのようなものは用意されていませんでした。

未だにわたしもよく分かっていない部分もあります。(ビジネス文書の英語なら分かるのですが・・・笑)

 

歌のオススメのところ?

魔女たちの下品な歌いっぷり(笑)

悪い人たちなのですが、この暗い雰囲気のオペラを盛り上げてくれているのは悪役の彼女たちなのかもしれません。

動画で見ると、魔女たちの下品ぶりがおもしろおかしく演出されていてとても楽しいです。

Destruction's our delight
Delight our greatest sorrow!
Elissa dies tonight,
And Carthage flames tomorrow.

エリッサは今夜死ぬ!そしてカルタゴは明日炎に包まれる!

そんなに楽しそうに「アハハハ」笑って。ヒドイ・・・(でもおもしろい 笑)

え? スズキさんが歌い手ならきっと魔女役だって?失礼な。

魔女たちの愉快な歌は第2幕の場面1と第3幕の場面1で聴けます。

 

森で歌う歌

思いが通じた2人は森で狩り(?)を楽しむのですが、そのとき侍女ベリンダが歌い始める歌が何故か短調で暗い雰囲気です。でもステキな雰囲気で好きです。

第2幕の場面2です。歌い出しはこのような感じです。

Thanks to these lonesome vales,
These desert hills and dales.
So fair the game, so rich the sport,
Diana's self might to these woods resort.

ディアナ(英語ではダイアナ)も神話に出てくる狩猟と貞潔の女神です。ディアナはローマ神話での名前で、同じ女神がギリシャ神話ではアルテミスという名前になります。(ややこしいね・・・)

森の中の湖で水浴するディアナの姿も絵画の定番ですね。

水浴中の女神ディアナの裸体を見てしまったがために死ぬことになったかわいそうな男もいました。アクタイオーンと言います。ベリンダに続いて別の侍女がその話について歌います。

なぜディアナやアクタイオーンの話が出てくるのかしら・・・束の間の幸せな場面のはずなのに、なぜか暗い曲調。

森の神秘性?不吉な予感?

 

最後の歌

Thy hand, Belinda, darkness shades me,
On thy bosom let me rest,
More I would, but Death invades me;
Death is now a welcome guest.

"thy" は「おまえの」という意味です。親しい相手に使います。ドイツ語やフランス語のように、英語にも「あなた」という言い方が2種類ありました。

歌詞の内容はとても絶望的です。

「死」がわたしの中に侵入してくるの・・・

「死」はもう、歓迎するお客様なの・・・

 

うぉーん・・・ディドさん、そんなこと言わないで!ベリンダさん泣いちゃうから!!

さらに、こう続きます。

When I am laid, am laid in earth, May my wrongs create
No trouble, no trouble in thy breast;
Remember me, remember me, but ah! forget my fate.
Remember me, but ah! forget my fate.

わたしのことを覚えていてね。

でも、わたしの身に起きた悲しいことは忘れて・・・

 

ディドさん・・・カルタゴ王国という立派な国を作ったスゴイ女性なのに。いくらエネアスさんが英雄的な経歴を持つハンサムな男だとしても、そんな優柔不断で立ち居振る舞いがカッコ良くないエネアスさんなんか、ディドさんの方からお断りすればいいじゃない。そんな男に裏切られたくらいで死ぬなぁ・・・(涙)

(相変わらずストーリーを変えたがる面倒な鑑賞者スズキさん。)

 

作曲家のパーセルはこの部分にそれはそれは美しい旋律を与えました。リサイタル等でこの部分だけを取り上げて歌うこともあるそうです。ぜひお聴きください。

そして、もし何か感じ取るものがあったら、アナタも一緒に歌ってみませんか?


Henry Purcell: Dido's Lament (Dido and Aeneas); Anna Dennis, soprano, with Voices of Music 4K UHD


Purcell - Dido and Æneas - When I Am Laid in Earth

 

このディドの最後のソロの後に続く合唱も美しいです。

 

 

参考動画(全編)

演奏時間は1時間程度であり、難易度も低い(らしい)ので、学生による演奏などを始め比較的多くYouTube上にあります。


Dido & Aeneas - the complete opera

 

クリスティナ・プルハル率いるラルペッジャータが演奏するとどうなるか

 


Purcell: Dido and Aeneas - L'Arpeggiata o.l.v. Christina Pluhar (Festival Oude Muziek Utrecht 2015)

 

www.music-szk.com

独特の公演を展開するプルハル&ラルペッジャータの中でも、特にぶっ飛んでいるのが「ディドとエネアス」だと思います。ゲスト出演でイギリスのヴォーチェスエイト Voces 8 の皆さんも出ています。

 

プルハル&ラルペッジャータの演奏はまず、突然知らない音楽で始まります。

というのも、実はパーセル作曲の「ディドとエネアス」は最初の部分(プロローグ)が紛失しているのです。当時のオペラは本編が始まる前にプロローグと呼ばれる部分があります。わたしの知る限り、このプロローグというのは神々の対話が繰り広げられるというパターンが多いと思います。3名の神々がそれぞれ主張を展開したり、これから始まる物語の背景を説明したり・・・

パーセルはちゃんとプロローグも作曲したのに、残念なことに楽譜が残っていないのです。 

「大事なことは全部楽譜に書いてある」「作曲家を尊重することが大事」とされる現代のクラシック音楽界では信じがたいことですが、バロック音楽の時代は 作品は演奏者の都合によりどんどん変えられてしまっていたそうです。

作品の途中で別の作曲家の音楽を挿入したり、作品の一部を省略したり・・・

とにかく、「ディドとエネアス」のプロローグを演奏することは不可能なのです。それで、おそらくプルハル&ラルペッジャータは当時の事情も考慮して(?)、別の音楽を挿入しながら演奏するスタイルを実行してみたのでしょう。

でも、度を越えてぶっ飛んで、ポップスなのか?よく分からない関係のない音楽がたくさん混じったコンサートになったようです。

ははは。

彼らの演奏なら何でもOKだ!(一部映像を飛ばしながら鑑賞したけど・・・)

 

冒頭部分の音楽は誰の音楽だろう?それほど違和感がないのでパーセル自身の別の作品を挿入したのだろうか?

そこで歌っている長身のステキな男性は誰かと思ったら、Voces 8 の歌手でした。普段はメガネ姿のあの歌手です。 

ややおふざけな演出もありますが、魔女たちの下品っぷりもおもしろいし、声楽の歌手たちはそれぞれ上手いし、十分聴き応えあります。

 

2018年5月 びわ湖で鑑賞した野外オペラ「ディドとエネアス」

それについては、次の記事でご紹介しましょう。

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