タンホイザー 新国立劇場 2019年1月27日

スズキ作 ワーグナー「タンホイザー」の人物関係図

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「あ!おもしろそう」と思ったら、自分であらすじを探して読んで、音源や映像を鑑賞してみてくださいね。

 

2019年1月27日(日)
新国立劇場

リヒャルト・ワーグナー作
タンホイザー

ドイツ語上演

指揮:アッシャー・フィッシュ
演出:ハンス=ペーター・レーマン

領主ヘルマン:妻屋 秀和
タンホイザー:トルステン・ケール
ヴォルフラム:ローマン・トレーケル
ヴァルター:鈴木 准
ビーテロルフ:萩原 潤
ハインリヒ:与儀 巧
ラインマル:大塚 博章
エリーザベト:リエネ・キンチャ
ヴェーヌス:アレクサンドラ・ペーターザマー
牧童:吉原 圭子

東京交響楽団

 

ワーグナーオペラでよくあることだが前奏が長い(約20分)。長いのに意外と飽きずに聴ける。バレエダンサーたちが踊るので視覚的にも楽しめる。光のアートのようだった。照明専門のアーティストが関わっているのだろうか。

上演の最後まで舞台にあった何本もの円柱も美しい。竹を寄せ集めたような円柱で、竹と竹の隙間や、竹の節から、真っ直ぐの光が漏れている。

 

印象に残る場面として、まずはタンホイザーが地上に戻ってきたときのシーンが良かった。

5月の明るい新緑の中で嬉しそうにチャルメラを鳴らす牧童(羊飼いの少年)。

対照的に真っ黒い服に身を包んで、十字架とともに重く厳かに前に進む巡礼者の集団。

巡礼者たちの合唱は極上の美しさ。だが、恐ろしくも見えるシーンだ。中央でたたずむタンホイザーは、ぐるりと黒い巡礼者の集団に囲まれている。緑の大地に映える(?)真っ黒い人たち・・・

 

ところで、主役のタンホイザーの声だけが聴こえてこない・・・

タンホイザーを歌うトルステン・ケールは、数年前にも東京の新国立劇場で歌っている。コルンゴルトのオペラ「死の都」で主役パウル役だった。わたしも鑑賞したのだが、そのときどういう歌いっぷりだったかは覚えていない。

他の歌手の声はビンビン響いているのに、特にヴェーヌス役の歌声はギラギラ魅惑に満ちていたのに、タンホイザーの声だけ小さく聴こえる。高い音を遠慮気味に抑えて歌っていたようにも思えた。

もともとこういう歌い方なのだろうか?今日は調子が悪いのか?今日はプレミア(初日)だから? 彼をずっと追いかけている訳ではないのでわたしには分からない。

第1幕ではタンホイザーと数人がオーケストラとズレそうになったり、若干ズレていたりしていたように思えたが、気のせいだろうか? ズレないように慎重に控え目に歌っていたようにも思える。大丈夫なのだろうか?

 

今日のわたしの予定としては、第2幕の後の休憩でグラスワイン・・・だったのだけど、ワインを呑もうと思うほど自分が盛り上がっていないような気がした。今日はワインはやめておこうかと思ったのだが、幸いなことに、ワインを呑みたくなった。

その理由は、第2幕の最後が美しかったから。

ヴェーヌスベルクという禁断の地に滞在していたことがバレて、タンホイザーはみんなに攻められ、その場が騒がしくなっていた。その騒ぎがピタっと止んで、間髪入れず、またあの巡礼者たちの合唱が聴こえる。舞台裏の遠くから最高のタイミングで合唱が入る。それだけで不覚にもウルっとしてしまった。

よし、予定通りワインをいただこう!となったのだった。

 

皮肉だなと思う。巡礼者たちの合唱は大事なシーンの1つだが、一番の見所というわけではないはずなのに。ワーグナーは禁欲的なキリスト教社会を嫌っていたのだから、巡礼者たちを一番カッコよくするはずはない。むしろヴェーヌスベルクこそ魅力的に描こうとした。この作品の話は「悪いことはやめましょう!」という教訓をもたらすものではなく、無駄に厳しい禁欲の世界の犠牲になった2人を描いていると思うのだが、それなのになぜわたしは巡礼者たちの合唱のシーンにジーンときてしまうのだろうか。。

 

「あれ!?」と気付いたことが2つある。

1つは歌合戦のときに、歌人たちのために中央に置かれた竪琴に見覚えがある。そうだ。あれはヴェーヌスのところにあった竪琴と同じではないか!色も形も同じだ。ヴェーヌスの世界の愛と地上の世界の愛は結局のところ同じものなのでは?お互い「違う」と言って認めないだろうけど。

もう1つは、タンホイザーがヴェーヌスベルクに行ったことがバレたとき、タイミング良く小姓たちが歌人に剣を手渡していたのだけど、ヴォルフラムだけは剣を受け取って、一瞬うろたえていた。

やはりヴォルフラムは興味深い人物だ。彼はひょっとしたら、ワーグナー自身なのだろうか?自分の道に対する世間の目が気になっていた頃のワーグナー。やはり、次にヴェーヌスベルクに行ってしまうのはヴォルフラムかもしれないとスズキは思う。(個人的な妄想の世界)

 

第3幕で奇跡(?)があった!

主役のトルステン・ケールの声が急に絶好調に! 第2幕の最後のあたりから声が大きくなった。気のせいかと思ったら、第3幕はずっと張り切って歌い上げていた。相変わらず高い音のところは慎重だったが、全体的に声がよく聴こえるようになった。

声あるいはプライベートか何かで抱えていた不安が解消されたのだろうか? 何はともあれ良かった。良かった。人間だからそういうこともあるさ。

トルステン・ケールは遠くから見ても演技派として目に映る。表情はどうなのだろう。わたしの席からは見えない。オペラグラスで観ていた人は、第1幕や第2幕でも、わたしとは違う印象を持ったのかもしれない。

主役が生き生きすると全体も安心して聴ける。ヴォルフラムのロマンチックな弾き語りも良かったし、タンホイザーの「ローマ語り」も激しくて良かった。

ああ、それにしても、ヴォルフラムはあの場面でなぜ「エリーザベト!あいつのことなんか忘れろ!オレが守ってやる!」とは言わないのだろうか。うーん、言うはずないか。(ストーリーを変えたがるスズキ)

エリーザベトが死を選び、自ら天に昇ってタンホイザーの救済を求めたから、タンホイザーは救済されたということになっている。しかし、ローマで何があったのかタンホイザーに語らせたヴォルフラムも「救済」に貢献したと言えないだろうか。絶望の底に落とされたローマのことを胸の内に抱えたままでは、タンホイザーは天に昇れないように思うのだが・・・

 

上演はあと4回。今日わたしが感じた問題の部分は、回を重ねるごとに良くなっていくと思われる。ソロ歌手も合唱団も皆さんどうか風邪やインフルエンザなどに罹りませんように。冬は特に心配になる。

 

ヨーロッパのオペラハウスとは違うけど、こうしてオペラを鑑賞できることは幸せなことだ。東京でオペラを鑑賞するたびに思う。この先もオペラを生で楽しめる社会でありますように。

わたしは合理的で効率的なものを好むけど、芸術文化を無視して合理性や効率性ばかり追求する世の中の風潮には大反対する。世の中はくだらない。人生もくだらない。でも芸術はすばらしい。

 

ドイツ語講座(補足・追加済み)

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タンホイザーを聴くと思い出すこと 

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