予習完了 プーランク作曲オペラ「カルメル会修道女の対話」 METライブビューイング

明日2019年6月7日(金)から13日(木)まで、全国の松竹系映画館でプーランク作曲のオペラ「カルメル会修道女の対話」が上演される。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で5月に上演された作品の録画を日本語字幕付きで映画館で楽しめる。

映画館と上演時間については松竹のサイトでご確認いただきたい。

https://www.shochiku.co.jp/met/program/861/

ギリギリになってしまったが、ようやく予習が完了したので予習内容を少しだけ共有したい。

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予習DVD

(画像クリック→ Amazon)

2013年12月 パリのシャンゼリゼ劇場での上演

字幕:フランス語、ドイツ語、英語

安いCDはリブレット(台本)無しだったり、日本語対訳付きCDは高額だったり、結局この程よい価格のDVDを購入。英語字幕で再生→フランス語字幕で再生を繰り返した。

持論だが、映画館でオペラを観る場合は、映画を観るような感覚で行くのはもったいない。つまりストーリー展開は見てからのお楽しみというのは、映画では当たり前だが、オペラでは通用しない。よほどの教養豊かな人間でない限り、ストーリーに付いていけない。事前に内容を把握して、鑑賞本番では「あらすじ」ではなく、演出と音楽(歌手の歌いっぷりも含む)を楽しむのが良い。

なんとか5回再生できた。1回ごとに、理解が深まり、感動する部分が変わっていくのがおもしろい。よほどの教養豊かな人間でなくても、少々アタマの弱いスズキのような人間でも、回を重ねれば深く味わうことが可能なのだ。

では、衝撃的な部分だけピックアップしていく。読んでみれば、なんとなくストーリーが浮かんでくるだろう。


Dialogues des Carmélites, Poulenc

 

常に何かに怯えながら生きる令嬢ブランシュ 

ちょっとした光や影まで怖がる超神経質なお嬢様ブランシュは、不幸なことにフランス革命期の恐怖政治の時代に生きていた。

革命政府や大衆は金持ちを攻撃対象にしていた。

生き難さを感じていたブランシュは自ら望んで修道院に入ることにした。

兄はブランシュを「ボクのかわいい子羊ちゃん」と呼んでかわいがっていた。ちなみに、フランス語原文では " mon petit lièvre " (ボクのかわいい子ウサギちゃん)となっていたが、英語訳が「子羊ちゃん」だった。「子ウサギちゃん」という訳ではダメなのだろうか。。

 ひょっとしたら人には言えない「特殊な関係」の兄妹だったのだろうか?いや、余計な妄想をする必要はないはず・・・ 兄は妹ブランシュのことをいつも心配していた。どんな部分が心配だったのかというと彼女の " imagination malade " なところだと言う。ブランシュの「病的な想像力」が心配なのね。

 

「あなたとわたしは一緒に同じ日に死ぬ」と言う新しいお友達

ブランシュは修道女の見習いになった。同じく見習いのコンスタンスというお友達はいつも明るい。そのコンスタンスが、若くして死ぬことを語る。しかもブランシュも一緒に死ぬ運命だと言う。不気味すぎる予言にブランシュは衝撃を受ける。

nous mourrions ensemble (わたしたちは一緒に死ぬの)

le même jour (同じ日に)

プーランク作曲のこのオペラ作品は、ある小説をベースとしている。その小説のベースは史実の出来事。恐怖政治の時代に処刑された修道女たちがいた。その修道女たちの中にコンスタンスという名前の者がいた。つまり、ブランシュは架空の人物だが、コンスタンスは実在の人物なのだ。

ちなみにDVDでは修道女見習いの2人は同じ白い服、他の修道女たちはみんな同じグレーの服。もし予習無しで現地で鑑賞していたら、きっとわたしの席からは一人ひとり認識することは不可能だっただろう。どちらがブランシュでどちらがコンスタンスか分からないまま鑑賞したかもしれない。予習は大事だ。

 

病気の修道院長の死 

激しく苦しみ、発狂しながら死んでいく様子がそのままオペラで表現されている。我々一般人から見てもかなり衝撃的な場面なのだから、神経質なブランシュにとって、自分を迎え入れてくれた修道院長の死に面することは相当ショックだったはず。

 

あんなに仲良かった兄を突き放す

あれこれショックを受けたせいか、ブランシュはますます神経質に。危険度を増すフランスから離れるために外国へ逃げようと、迎えに来た兄を、思いっきり冷たく突き放したブランシュ。もう「かわいい子羊ちゃん」ではないと言う。兄はショックのまま出て行った。

★METライブビューイング


Dialogues des Carmélites: “Oh! Ne me quittez pas”

 

新修道院長と副院長(マザー・マリー)の対立

ブランシュは、マザー・マリーを慕っていた。少なくともマリーが le martyre のことを言うまでは。マリーはしっかりもので堂々としていて、頼りがいのある冷静な修道女だった。彼女が新修道院長になればいいのにとコンスタンスも思っていた。

そんなマリーが言い出した le martyre はどういう意味なのか?

ビジネス分野の日英翻訳者スズキはフランス語 le martyre はもちろん、その英語訳 martyrdom も知らなかったので、辞書を引くことになった。やはり、アレだった。

martyrdom = 殉教

恐怖政治の攻撃対象は宗教団体にまで及んでいた。マザー・マリーはみんなで殉教するべきだと言う。一方、新修道院長に選ばれたリドワーヌ夫人は殉教することになるかどうかは自分たちで決めることではないと言う。殉教は神から与えられるものであると説く。自分たちでやるべきことは祈ることだと言う。

 

この件に限らず、新修道院長とマザー・マリーはことごとく意見が食い違う。DVDの演出ではそれがはっきり態度にも出ている。新修道院長のソロ歌の返答合唱のときにマザー・マリーはムンと口を結んで歌うことを拒否していたり・・・(笑)それぐらい強烈な対立なのに、1回目視聴時は、その対立にぜんぜん気づかなかった。自分の理解力などその程度だ。

その歌「アヴェマリア」の合唱も美しい。オペラ内には複数の宗教曲が挿入されている。お馴染みのラテン語のテキストにプーランクが作曲したもの。これらの宗教曲を覚えてからオペラに出かければ、合唱部分を聴くのが楽しみの一つになる。


Dialogues of the Carmelites: Ave Maria, Act II, Scene II

 

宗教儀式(ミサ)禁止

神父が大衆に襲われて顔面血だらけで修道院に戻る

いよいよ状況が緊迫してきた。

神父も一緒に歌う「アヴェヴェルムコルプス」も美しい。

ところで、わたしは敢えて「神父」と書いたが、DVDの英語訳は「牧師」となっている。ふつうはカトリックでは「神父」でプロテスタントでは「牧師」。このDVDの字幕に限らず、なぜかネット上の同作品に関する記述でも「牧師」になっている場合が多いように思う。なぜなのだろう。さらに「チャペル」という言葉も出てくるが、これも通常はカトリックでは使わないはず。何か事情があるのだろうか。

大衆は修道院にまで押しかけてきた。そして「ドアを開けろ!」と叫ぶ。修道女たちは「開けないで!」と叫ぶ。

Ouvrez la porte !

N'ouvrez pas !

マザー・マリーが革命政府の役人(?)に殉教をほのめかす。すると役人(?)は「死など何でもない」と言い放つ。するとマリーは反射的に「生きるなど何でもない」と返す。

Mourir n'est rien !

Vivre n'est rien !

rien = nothing 何でもない、無意味だという感じだろうか。どこかで使えそうだから個人的に覚えておきたい表現だ。

 

赤ちゃんイエス様の人形が壊れる

あ、首が・・・

ブランシュは陶器で出来た赤ちゃんの人形を持たされている。

Oh, qu'il est petit !

Qu'il est faible !

「まあ!!なんて小さいの!なんて脆いの!」

正直な感想を言ったブランシュを、マザー・マリーが怒鳴りつける。

Non ! Qu'il est petit et qu'il est puissant !

「ちがうわよ。彼は小さくて強いのよ!」

その直後、ブランシュは陶器の赤ちゃん人形を落としてしまった!

コロンと音をたてて赤ちゃんの首が転がる・・・

Le Petit Roi est mort !

「小さな王様(イエス様のこと)が死んじゃった・・・」

これが第2幕の最後の場面。不気味すぎる・・・

 

殉教の誓いの投票に反対したのは・・・

和を乱すことが許されない空気・・・

ますます熱心に殉教を目指すマザー・マリーは、新修道院長が不在のときにみんなに「秘密の投票」をさせた。殉教したいか、したくないかの誓いの投票だ。反対は1票。 その反対票を投じたのは、あの明るいコンスタンスだった。

ところが、反対したのが自分1人だと知ると、即座にコンスタンスは自分が投じたことをみんなにバラし、考えを変えて自分も「賛成」だと言った。

ああ、個人的には、ある意味もっとも恐ろしい場面だ。自分の意思よりも周りに合わせることを強要されるなんて。

あの神経質なブランシュは、いよいよ耐え切れなくなって、修道院から逃げ出した。

 

逃げたブランシュを探しに来た強烈なマザー・マリー

わざわざ探しに来て Il est temps !「時が来たのよ」とまくしたてる。「行けない」と言うブランシュに無理やり住所を告げる。

ところが、殉教に情熱(?)をかけるマザー・マリーに不運(?)が訪れる。なんと、マリーが逃げたブランシュを探しに外出している間に、修道女たちはみんな逮捕されてしまったのだ。しかも死刑が宣告された。マリーは「わたし抜きで、あの人たちを死なせるなんてできないわ!」と叫ぶ。

Je ne peux pas les laisser mourir sans moi !

「あなたは生きるように神が決めたのだ」と神父がマリーを諭す。

このオペラの原作である小説は、生き残ったマザー・マリーによる手記をもとに書かれた小説。そう、彼女も実在の人物。わたしは史実の詳細は知らない。だから、彼女がなぜ生き残ったのかも知らない。

 

愛するあなたたちを救いたかった・・・新修道院長

牢屋で死刑を言い渡された修道女たちは震えていた。修道委員長以外はとっくに殉教の誓いを立てたはずなのだが、それでも震えていた。かわいそうに。普通の人間だもの。

新修道院長が、この直後に泣かせるスピーチをしている。わたしがこのスピーチに気づいたのは、5回目の視聴のときだった。他に強烈な場面ばかりあるので、集中して字幕を読もうとしなかったから見逃してしまったのだろうか・・・

新修道院長は、みんなが救われるようにと、心から願っていたのだった。

car je vous ai aimées

「なぜなら、わたしは皆さんを愛していたから。最初の日からずっと・・・母親のように。いったいどの母親が子供たちを犠牲にするというのですか。そんなことできるはずないわよ。」

それなのに、みんなに死刑が宣告されてしまった。ああ・・・

愛あふれる新修道院長は、みんなで死のうと言っていたマザー・マリーとは正反対。

悲劇なのだけど、皮肉でもある。マザー・マリーは自分が望むもの(殉教)を完璧にすることに夢中になって、結局自分が望むものを、もう少しで手に入れられたのに、達成できなかった。一方で、人間らしい愛にあふれる新修道院長と修道女たちは殉教者の道を歩むことになった。

 

数分の間に16人の修道女がギロチンに

うわーん・・・ヒドイよ。ヒドイよ。こんなの。

もっとも衝撃的なのは、言うまでもなくラストシーン。ほんの数分の間に、一人ずつ命が奪われていく。みんな一緒に歌うサルヴェ・レジナも美しい。衝撃音が鳴るたびに一人ずつ人数が少なくなっていく。衝撃音はギロチンの音。レールをスルスル刃が降りる音と、首の骨が切断される鈍い音の組み合わせ。一人ずつ舞台を去る、またはその場に倒れこんで動かなくなるという演出が多い。

史実では最初に首が落とされたのはコンスタンスだったらしいが、オペラでは彼女は最後の1人だった。彼女がギロチンにかけられる直前、逃げたブランシュが戻ってきた。ブランシュをみてニッコリするコンスタンス。「ほら、やっぱり。わたしたち、一緒に同じ日に死ぬって言ったでしょ!」とでも言いたげ。そして、ブランシュは歌を引き継ぎ、16人目としてギロチンにかけられる。

史実の研究によると、処刑された修道女たちが歌ったのは「サルヴェ・レジナ」だったという説と Veni Creator Spiritus だったという説がある。オペラでは15人が「サルヴェ・レジナ」を歌い、歌を引き継いだブランシュは Veni Creator Spiritus を歌う。

★METライブビューイング


Dialogues des Carmélites: “Salve Regina”

 

恐怖政治は、カルメル会修道女たちの処刑のすぐ後に終わった。多くの犠牲者を出した。わたしの知っているオペラでは「アンドレア・シェニエ」もまた同じく恐怖政治で犠牲になった詩人を描いた作品だった。「アンドレア・シェニエ」を思い出す場面もあった。

むかしは大変だったんだね!

という話ではない。

わたしには、このオペラの世界といまの世の中はよく似ていると思う。ターゲットを見つけるとみんなで力を合わせて攻撃する大衆。自分の意思を押し殺して周囲に合わせなければいけない圧力の中で生きる人々。

 


Short film: Impressions of Dialogues des Carmélites (The Royal Opera)

 

オマケ1

好きな作曲家の一人であるプーランクについて、語りたいのに、残念なことに書く時間を確保できない。また後日にしよう。1つだけ宗教がらみの話を。

興味の方向がズレているスズキは、プーランク関連本を読んだときに、どうしても気になった場所があった。それは、プーランクが宗教に目覚めた聖地ロカマドゥール。ここで作られたチーズが有名だということを知って、わたしはそのチーズを探しに神楽坂まで出向いた。そして、神楽坂を気に入ってその後しばらく何度も通ったなぁ。2014年ごろの話。(どうでもいい話でゴメン)

 

 

オマケ2

予習用DVDの演出家オリヴィエ・ピィが気になり、調べてみたら、多才な人物であることが分かった。劇作家、演出家、映画監督、俳優などとして活躍するほかに、「ミス・ナイフ」という名で歌手としても活動しているという。

では、「ミス・ナイフ」のショーをご覧いただこう。


Miss Knife chante Olivier Py

おねえさん、素敵だわ・・・

「カルメル会修道女の対話」の演出はシンプルだけど印象的。聖書の場面を、一人ひとりが木の板で出来た鳥や羽や羊などを手に持ってみんなで再現するところなど美しい。

ある音型のときに、手を横に突き出して十字架のような体勢にさせる場面がある。やっと気づいた。

彼は、信仰心の厚い同性愛の人物と言う点で、プーランクと一致している。気合入れてこのオペラの制作に力を注いだのだろう。気合入れすぎで空回りすることなく、洗練された演出になっている。彼は他にも複数のオペラ演出を手がけている。いずれ観てみたい。

 

(METライブビューイングは別の演出家による演出。)

 

プーランク作曲オペラ

「カルメル会修道女の対話」

おもしろそうだと思ったらぜひ映画館で。

映画館と上演時間はこちら

https://www.shochiku.co.jp/met/program/861/

 

www.music-szk.com

 

2019年10月 動画追加 

ジェシー・ノーマン (1945-2019)


Dialogues des Carmélites: Jessye Norman

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