クラシック音楽の世界に来てはいけません!キケンですよ!(にやり)

最初に書いた、皆さんをクラシック音楽の世界に誘導するための記事 ↓ の逆バージョンです。

www.music-szk.com

 

クラシック音楽にのめり込むと、以下のような状況に陥る可能性があります。ただし、すべての人に当てはまるわけではありません。個人差があります。ここに書いたことは、わたしが個人的に感じていることです。

 

周囲の人々と話が合わなくなる

f:id:music-szk:20190316181938j:plain

世間一般の人から見たクラシック音楽のイメージは以下のいずれかでしょう。

  • カネモチやエリートが好む優雅で気取った音楽
  • BGM的な退屈な音楽
  • 気分が落ち着く静かな癒しの音楽

そういったクラシック音楽のイメージとわたし自身が好きなクラシック音楽が掛け離れているため、自分という人間を周囲の人間に理解してもらえないと感じるようになります。

わたしにとってクラシック音楽は知の入り口であり、音楽を通してヨーロッパの歴史や文化を広く深く知ることができるところが特に好きな部分です。確かに癒されることもありますが、それは音楽の持つパワーのごく一部なのです。

相手は、褒め言葉として、あるいは、「アナタのことに興味をもっています」という意思表示として、気を遣って「優雅ですね」と言ってくれるのですが、そう言われてしまうと話が続きません。。

自分という人間を理解してもらおうなど無理なことなのだろうし、そのようなことは期待していません。この世にわたしという人間を理解できる人などいないのです。世の中所詮そんなものです。

理解してもらえなくても良いのです。でも、誤解されるのは嫌だなと思います。どこからどう見てもわたしは優雅な趣味を持つ人間ではないし、カネモチやエリートとは真逆の人間なのですから。

もう、最初から「オタクです」と自ら申し上げることが多くなりました。「オタク」という言葉がピッタリというわけではありませんが、カネモチやエリートやユウガという言葉よりは自分の実態に近いと思います。

 

趣味に夢中になってしまうと、世間で流行っている普通のことには興味がなくなってしまうということは、クラシック音楽に限らず、他の分野でもよくあることなのでしょう。

こうして、趣味に熱い人々が普通の人と話せる共通のテーマはお天気ぐらいになっていくのです・・・

人と話して心から楽しいと思えたことなど人生の中で数回ぐらいです。

誰とも話が合わなくても人間は生活していかなければなりません。うまく対応していかなければいけません。

クラシック音楽などより、世間の流行ごとや身近な人間の日常にでも興味を持ったほうが平和な人生を送れるのでしょう。

 

案外クラシック音楽ファン同士でも話が合わない

結局のところ、クラシック音楽が好きという人々の多くは、音楽の美しさや優雅さに魅了されている人々なのでしょう。世間のクラシック音楽に対するイメージとほぼ一致しているのだと思います。

ところが、スズキのように変な方向に突き進んでしまう人々もいるのです。

クラシック音楽ファンの好みや興味範囲は人それぞれ大きく違うということは別記事で述べました。それだけ方向性が違うので、クラシック音楽ファン同士であっても会話が弾まないこともあります。

好きな演奏家や好きな曲の名前を挙げても、話し相手がそれらを全然知らないということもよくあります。

一方で、クラシック音楽ファンではなくても、知的好奇心の高い人間なら興味を持って音楽関連の話を聞いてくれることもあります。そういう会話は結構楽しいです。ひょっとしたら、この人はいずれクラシック音楽ファンになるのかもしれない、わたしの影響を受けるかもしれない・・・と密かにわたしが期待してしまうからなのかもしれません。。

 

何が何でもクラシック音楽の話をしようとするより、相手の得意分野について語ってもらうほうが楽しいです。

しかし、そもそも「得意分野」がある人、そして、それについて熱く語れる人というのは滅多にいませんから・・・

世の中は退屈です。

 

日常生活が退屈になる

そうなのです。何かに夢中になってしまうと、日常生活が耐えがたいほど退屈になってしまうのです。

わたしも数年前からずっと重苦しい気分で生きています。

音楽に感動したり刺激を受けて知識を広げていくときの生き生きとした自分と、職場や家庭で便利な道具のように働く死ぬほど退屈な日常生活とのギャップ。

いつの間にか舞台の上の見知らぬ他人の存在が大きくなり、身近な人々には何にも関心を持てなくなった冷たい自分。空気を読まない感じ悪い人間として避けられる自分。それでも周りに染まりたくない自分。

同質であることが大事な日本社会ならではの苦痛なのかもしれません。

もともと自分の周辺の人間が素晴らしい人ばかりで、お互い影響を与え合っているという人には、このような悩みはないのでしょう。

いつか、ピアニストなどのような舞台の上の他人ではなく、身近なリアル世界の人間から影響を受けてみたいのだけど、そんな日はきっと来ないのでしょう。

クラシック音楽を知り、その世界の偉人たちを知ると、自分の生きる普通の世界や近くにいる普通の人々が退屈過ぎて人生に絶望してしまうのです。

クラシック音楽など知らなければ、自分の住む世界を普通に受け入れていたかもしれないのです。

 

日本が嫌になる

わたしは完全にヨーロッパ贔屓の人間です。

どの国にも良い点と悪い点があります。完璧な国などありません。ヨーロッパにも問題はあります。でも、大嫌いな日本より何倍も尊敬できます。

クラシック音楽は美しいだけの音楽ではありません。そこにはヨーロッパのあらゆる要素が組み込まれています。社会、文学、哲学、宗教、歴史・・・ ヨーロッパの音楽家は音楽ばかり追いかけてきた音楽バカではなく、幅広い教養があるバランスの取れた総合的な芸術家が多いと感じます。だからこそ憧れるのです。

日本ではクラシック音楽を学ぶ人々は子供も大人も毎日ひたすらテクニック練習ばかりしています。生演奏を聴く機会と言えば先生や友達(ライバル)の演奏ぐらい。広い世界には興味ない。毎日忙しいので知識を広げたり深く考えたりする時間のない人々ばかりです。

それに、ヨーロッパと日本では、どうしても生きる環境が違うのです。生活における価値観も違います。人間関係も違います。考える力、調べる力、分析する力、表現する力、相手を説得する力・・・ 音楽に限らず、通常の学校教育でもそのような点を重視します。日本のように丸暗記や四択問題ばかりではありません。

日本の街中で聞こえてくるのは選挙カーの騒音。

ヨーロッパの街中で聞こえてくるのは数百年前と変わらない教会の鐘の音。

個人を尊重するヨーロッパ。個人とは自分自身も他人も含む。

空気を読んで周囲に合わせることが大事な日本。集団を守るために個人を犠牲にする日本。

教育や環境などが、音楽演奏にも反映されるし、人間性にも影響を与えているように思います。ああ、日本なんか・・・

特にオペラや歌曲を好きになると言葉の問題も放っておけません。クラシック音楽において日本語など何の役にも立ちません。理想を言えばドイツ語が母語で英語、フランス語、イタリア語を外国語として学び、さらにロシア語やチェコ語まで手を伸ばして・・・ 理想を言っても虚しいだけですけどね。

 

お金をかけようと思えば無限に浪費してしまうかもしれないリスク

別記事で説明しましたが、無料や低額でクラシック音楽を楽しむことも可能なのです。クラシック音楽は金持ちの趣味だという言い方には納得できません。

ですが、ちょっとしたきっかけで大金を使ってしまう可能性があることは無視できません。たとえばこのような状況です。

  • 音質にこだわるあまり、高級オーディオを買ってしまった
  • レアなレコード集めに手を出してしまった
  • 海外オケやオペラの大ファンになってしまい、高額チケットが欲しくなった
  • お気に入りの演奏家を追いかけて海外旅行してしまった
  • 楽器を習い始めたら、音が良い高い楽器に買い換えたくなった

ほら!恐いでしょう!?

ここに挙げた例、すべてやってしまったらどうなるか・・・(キャー!)

この先、食べていけるかどうかも心配なのに、余計な費用までかかるかもしれないのです。クラシック音楽は恐いですね。

 

 

 

 

 

 

それでもクラシック音楽を愛する理由は何なのだろう?

人生などくだらないし、生きていることなど全然すばらしくない。

わたしはきっと、これからも、ずっとそう思いながら生きていくのです。

では、クラシック音楽と出会わないほうが良かったのか?

いいえ。そうは思いません。出会って良かったと思います。

でも、クラシック音楽と出会ったからと言って、日常が明るくなるわけではありません。

最初の頃は確かに浮かれて日常が明るくなったような気がする場合もあります。でも、そんなルンルン気分は長続きしません。(恋と同じですかね?)

日常は相変わらず腐っているけど、例えば、一人でヨーロッパを旅して音楽三昧している間だけは、生きていて良かったと思えます。国内外で感動的な生演奏を聴いたときや、知らない曲や演奏家と運命的な出会いを果たしたときも幸せな気分になります。それだけです。

 

日常は相変わらず暗いのに、一時的に刺激を受けて興奮する?

つまり、わたしにとってクラシック音楽は現実逃避なのだろうか?

まるでドラッグとかギャンブルみたいな?

これだけは確実に言えます。クラシック音楽は、ドラッグやギャンブルよりはるかに健全な現実逃避です。

わたしは、他の現実逃避ではなく、クラシック音楽に手を出して良かったと思います。

 

クラシック音楽ファン一同、アナタ様がクラシック音楽の世界に来てくれる日を心からお待ちしております。ふふふ・・・

 

www.music-szk.com

 

Copyright © Ongakuzukino Suzuki 2019. All rights reserved.