我が偏愛の・・・4

生演奏こそ音楽の醍醐味だと思うスズキにしては珍しく、今は亡き往年の演奏家について取り上げる。

クラシック音楽ファンの中には「昔のスターは凄かった」「それと比べて最近の演奏家は・・・」と嘆く人も多い。そんな人は、おそらくコンサートには滅多に足を運ばない。自宅でお気に入りのレコードを繰り返し再生してウットリ過ごす。

どんな鑑賞の仕方をするかは人それぞれ。自由に楽しんで良い。自分にとってベストな音楽と出会えたなら、出会えたこと自体が素晴らしいことなのだから、それがいつの時代の演奏であっても良いではないか。

ただ、生演奏が好きなスズキは、たまたま見つけた最高に素晴らしい演奏家が故人であることを知ったとき、とても落ち込んでしまうのだ。どんなに生演奏を聴きたいと思っても、もう聴くことはできないのだから。生きていてくれたら、地の果てまででも追いかけるのに(笑)

そんなわけで、「我が偏愛の・・・」シリーズ第4回では、その演奏家を知った時点で既にその演奏家はこの世にいなかったという、悲しいお話をお届けしたい。紹介する2名の演奏家は、もし存命だったら、今もきっと現役で演奏していただろうと思われるだけに、早世が悔やまる。

 

ピアニスト ユーリ・エゴロフ

Youri Egorov (1954 - 1988)


Youri Egorov plays Bach Prelude and Fugue No.24 in B Minor, BWV 869

エゴロフを知った最初のきっかけが、まさにこの動画だった。

わたしは「バッハ様に会いに行く」と言ってドイツのライプツィヒを旅した後、平均律クラヴィーア曲集第1巻の最後の曲、ロ短調の前奏曲とフーガを弾いていた。当時聴いていたリヒテルの演奏も好きだったが、リヒテルの演奏はなかなか強烈な部分があって・・・ 他の演奏家の演奏を知りたくなった。

そして、ついにこの曲の理想的な演奏を見つけた。それがこの動画だった。

とことん繊細な演奏。痛々しいデリケートさと洗練された美しさの両方を感じられる演奏だとわたしは思う。

動画に使われているのは、昔の写真だろうけど、若そうに見える。今もおそらく現役なのだろうと思って調べてみたら、ショッキングな事実を知ることになった。彼は1988年に33歳の若さでエイズの合併症のため亡くなったという。

旧ソ連タタルスタン共和国の首都カザンに生まれたユーリ・エゴロフは、地元やモスクワでピアノを学び、ロン=ティボー、チャイコフスキー、エリザベート王妃などのコンクールで上位入賞。1976年に西に亡命。オランダのアムステルダムを拠点にヨーロッパやアメリカで演奏活動をした。

その後、アムステルダムを旅したわたしは、彼を思わずにはいられなかった。この町で、彼はパートナーと幸せに暮らしていたのだろうと想像してみた。

クラシック音楽界にも同性愛の人々がいる。チャイコフスキー、ブリテン、プーランクの話は有名だ。現役演奏者の中にも自分のことを公表して演奏活動している人もいる。(インスタグラムにラブラブぶりを披露する方々も!)

特別扱いするのは良くないのだろうけど、どうしても特別扱いしたくなるほど、彼らは人間的に素晴らしいし、音楽の才能に溢れているのだ。天才好きのスズキは友達になりたいぐらい彼らを尊敬している。いや、自分なんかバカだから友達にはしてもらえないのだろうけど、ファンとしてわたしは彼らを応援している。

 

同時に、むかし勤めていた会社の酷い人間のことも思い出してしまう。

日本本社のチームリーダーのX氏は、海外子会社の男性に性的マイノリティーに絡んだニックネームを付けて社内で笑いを取っていた。その他にも同様の発言でチームを盛り上げた。チーム内の誰一人として彼の間違った行動を注意することはなかった。

X氏は海外の一流大学を卒業した人だった。そんな人が率先してマイノリティーをバカにして笑いを取らなければいけないのが日本企業なのだ。憤りを感じた。その会社では人の外見やプライベートをネタに話を展開するのが社内コミュニケーションの基本だった。そんな社風をみんな愛していた。自慢の「楽しい会社」と口を揃えて言う。X氏は社内では珍しい国際派として上司からの評価も高く、期待されていた。部下からは尊敬されていた。みんなの憧れの先輩だった。自分と違う人間をバカにするような人なのに、みんなから尊敬されていたのだ。

わたしは、わたしが尊敬するクラシック音楽界のスターたちまでもが一緒にバカにされているような気がして悲しかった。今度そんな発言をしたら、わたしがX氏に抗議してやろうと何度も思ったのだが、外部業者で余所者のわたしに発言権はない。(そんな精神衛生上よろしくない会社だったのに、旧派遣法の頃は安定して働き続けることが可能だったので、わたしは黙って長く居座って、その結果、こんなに心の汚い日本嫌いの人間になってしまったのだ。ああ・・・)

 

少々脱線してしまった。

エイズは、治療法が進んで、今では死に直結する病気ではない。ユーリ・エゴロフが生き延びていたら、わたしはきっと目をハートにしてピアノリサイタルに通っただろう。きっと彼は今も老若男女問わず多くの人を魅了するピアニストとして活躍していたはず。来日公演が無いなら、わたしはアムステルダムまで飛んで行っただろう。

彼は、わたしの親の世代なので、生きていれば今60歳代。ピアニストとして円熟期を迎えるはずだった。

エゴロフがどんな人間だったかについては、あまり情報がない。ある著者による、ピアニストたちにインタビューした内容をまとめた本に、彼のインタビューも含まれているそうだが、わたしはその本を読んだことはない。

上で紹介したThe Piano FilesのYouTube動画のコメント欄に、エゴロフからピアノレッスンを受けた人物が書き込みをしていて、興味深く読ませてもらった。エゴロフのコンサート後に個人的にレッスンを申し込んだら、受け入れてくれたそうだ。素晴らしいレッスンだったらしい。レッスン代は受け取らなかったという。

エゴロフの演奏曲は幅広い。ショパン、シューマン、ブラームスなどの他、ロシアの演奏家としては珍しくフランス物も弾いている。この記事を書こうと思って昨日YouTubeを見ていたらショスタコーヴィチのピアノソナタ第2番の演奏もあった。というか、ショスタコ大好きなのに、わたしはこの曲を知らなかった。これもまた、ピタっとわたしの好みに合う音色で、ますます生演奏で聴きたかったという思いが強くなってしまった。ああ・・・

ところで、2013年にアムステルダムでエゴロフを追悼するコンサート(YouTubeに映像あり)があって、そこでわたしの好きなフランスのピアニストの一人であるアンヌ・ケフェレックも演奏していたのだけど、ケフェレックさんは生前のエゴロフと何か繋がりがあったのだろうか?

 

 

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ヴァイオリニスト フィリップ・ヒルシュホルン

Philippe Hirshhorn (1946 - 1996)


Paganini - Philippe Hirshhorn - CYP9619/L'Oreille de Mélanie

ある演奏家1人に夢中になると、そこから、さらに1人、2人と未知の演奏家を次々知ることになる。そんな例の1つが、このヴァイオリニストだ。

わたしはフランク・ブラレイというピアニストに夢中になって、彼の演奏を聴きまくっていた。その中の1つに、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールの本番や入賞後のガラコンサートで録音されたものをまとめたCDがあった。ちょうどブラレイの演奏の直後に入っていたのが、フィリップ・ヒルシュホルンが演奏するラヴェルの「ツィガーヌ」だった。わたしはそのヴァイオリンの音色に釘付けになった。 

ラヴェルの「ツィガーヌ」は、ヴァイオリンの定番曲の1つだが、当時のわたしはまだこの曲の存在を知らなかったので、曲そのものにも引き込まれた。「ツィグ」で始まる曲はロマ音楽の影響を受けた曲であり、エキゾチックで、誰が聴いてもカッコイイ曲だ。

当時の旧ブログで、わたしは興奮気味に「このヴァイオリニストの音程が好き」と叫んだのだった。わたしは細かい音程がわかるような音感は持っていないのだが、彼の選ぶ音の高さや低さが自分にとって極めて魅力的に聴こえるという感覚があった。ピアノの音程を決めるのは調律師だが、ヴァイオリンの場合は弦の張り具合を調整するのも、弦のどの部分を押さえて音を鳴らすかも、演奏者が決める。プロはみんなピタっと音程を合わせて「正しい」音で弾いているのだろうから、一人ひとり、それほど違いは無いのだろう。いや、ほとんどまったく無いのかもしれない。その辺はわたしには分からない、とにかく、彼の演奏は、音程の絶妙さがわたしの好みに非常に合うと感じたのだった。

わたしは演奏を聴きながら、CD付属のブックレットを見ていた。このヴァイオリニストの名前の横には没年とタガーマークが入っていた。タガーマークはこのような記号⇒  †  剣のマークなのだが、十字架にも見える。故人に対して使うことがある。このマークは、わたしに残酷な事実を伝えていた。こんなに惚れ込んだのに、このヴァイオリニストの生演奏を聴くことは不可能なのだという事実を。

フィリップ・ヒルシュホルンは、ラトヴィアの首都リガ生まれ。ラトヴィアと言えば、同じくヴァイオリン奏者のギドン・クレメールやチェロ奏者のミッシャ・マイスキーを思い浮かべるだろう。ヒルシュホルンも彼らと同世代。同じ時期に勉強した仲間たちだ。クレメールもマイスキーも70歳代の今も精力的に世界各地で演奏している。もうすぐわたしはクレメールの演奏を聴く予定だ。だから、仲間たちより一足先に天国に行ってしまったヒルシュホルンの早い死が残念でならない。

あのエリザベート王妃コンクールにはクレメールも出場していて、彼こそが1位を獲るだろうと期待されていたらしい。人々の予想に反して、優勝したのはヒルシュホルンだった。

ヒルシュホルンが遺した録音は少ないため、コンクールでの演奏も貴重な音源だ。買ったCDに、コンクールのファイナルで演奏したパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番が入っている。最初から見事な演奏で、涙をこらえながら聴いたのだが、思いがけず、第1楽章の直後に大きな拍手が鳴ったときに、ついに泣いてしまった。第1楽章の終わりは曲の終わりではないので、通常は拍手をする場面ではない。そんなことはコンクールのファイナルを聴きに来るお客さんはみんな知っているはず。それでも、つい衝動的に拍手を送りたくなるほどの名演だったのだろう。客席の熱気と感動が伝わってきて、泣かずにいられない。

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いろいろ調べ始めた頃は、なんとなく暗い表情の写真が多いような気がしていた。ストイックで真面目な人。しばらく調べを進めると、明るい写真も出てきた。コンクール2位の女の子(たぶん・・・)を挟んで1位のヒルシュホルンと3位のクレーメルが両サイドから女の子の頬にキスするかわいらしい写真も。写真は、再び探してみても見当たらないのだけど、どこで見たのだろう・・・? 映像でチラっと映っているので、よろしければこちらを。ユトレヒトの音楽院が制作した動画。彼の元生徒や協演者が語っている。


HKU The Legacy Of Philippe Hirshhorn

ピアニストのエリザベート・レオンスカヤと一緒に録音したCDも取り寄せた。このお二人の写真が好き。キリっと笑うヒルシュホルンさんと豪快に笑うレオンスカヤさん。レオンスカヤは今も演奏している。日本でも演奏している。それなのに・・・

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旧ブログ時代、泣くほど感動したヒルシュホルンさんについて書いたら、ブログ上でやりとりのあったベルギー在住のピアニストの方からコメントをいただいた。彼女のベルギー人の旦那さんはヴァイオリニストで、ヒルシュホルンさんの生徒だったそうで、家族ぐるみでお付き合いがあったとのこと。貴重な思い出を共有していただいて、わたしはとても嬉しかった。

クラシック音楽ファンでもヒルシュホルンさんを知らない人も多いだろう。何しろあまり録音が遺されていないのだから。どこかで聞いたことある名前だと思う場合は、おそらくオランダ出身のヴァイオリン奏者ジャニーヌ・ヤンセンの師として名前を見たのだろう。彼女のプロフィールにはほとんど必ずヒルシュホルン(ヒルシュホーンと表記されることもある)の名前が出ている。

ヤンセンもレオンスカヤも上の動画でヒルシュホルンについて語っている。

さらに、昨日、やはりこの記事を書くために下調べしていたときに、意外なことを知った。

フランク・ブラレイが2014年から音楽監督を務めるベルギーのワロニー王立室内管弦楽団をご存知だろうか? ブラレイの直前はヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイが音楽監督だった。その数人前の音楽監督はなんとフィリップ・ヒルシュホルンだったというのだ。ワロニーのYouTube動画によると、ヒルシュホルンは1981年から1984年まで音楽監督だったそうだ。

ブラレイさんがきっかけで知ったヒルシュホルンから、ぐるりと回って、またブラレイさんに戻ってきたような展開ではないか?!

 

 

人間の命はみんな同じ重さだと人は言うが、ひねくれ者のわたしは賛同したくない。わたしの人生なんか腐っているから、わたしの命など早く消えてしまえばいいのにと思う。一方で、この天才たちには長く生きて欲しかった。天才とか、志を持つ人々は、こうして遠くの見知らぬ他人さえも幸せにする能力がある。いま生きている才能ある皆さんは健康に気を配って、できるだけ長い人生を全うしていただきたい。

 

以前から取り上げたいと思っていた2人について、ようやく書くことができて良かった。

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