いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2019 東京から金沢まで聴きに行った人のお話

音楽好きのスズキ、ついに金沢に進出

去年の琵琶湖に続き、新しい音楽祭を訪問する旅。金沢の音楽祭関係者の皆様、ラ・フォル・ジュルネ卒業おめでとうございます!

金沢の今年の音楽祭のテーマは北欧とロシア。

ん?なんでだろう・・・ ええと、文化地域で言えば北欧はゲルマン+フィン・ウゴル系でロシアはスラヴなので、まったく異なるエリアなのだが。いろいろ事情があるのだろう。気にするな。ガルちゃん(音楽祭のゆるキャラ)も、そんなこと気にしていない。

 

「北欧とロシアの音楽 ~ グリーグ、シベリウス、チャイコフスキー、ショパン」

 

ん? ショパン?

いや、ショパンは北欧でもロシアでもないだろ!・・・と言わせるためのジョークですよね!?

いろいろ事情があるのだろう。気にするな。ガルちゃん(音楽祭のゆるキャラ)だって気にしていない。 

メイン会場の石川県立音楽堂は金沢駅の真横にあった。土地勘がなくても迷わず行くことができる。

 

東京のみんな!これが金沢の野外広場コンサートだぞ!すごい迫力だね!
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音楽鑑賞 

2019年5月3日

石川県立音楽堂邦楽ホール

ギドン・クレーメル ヴァイオリン

ヴァインベルク 無伴奏チェロのための「24の前奏曲」(クレーメル編曲ヴァイオリン版)

邦楽ホールは、その名のとおり、日本の伝統芸能を鑑賞する空間。ふつうの音楽ホールのような造りだが、座席はピンクの桜柄で、高いところにずらりと提灯の飾りが並ぶ。 

配られたプログラムには正確な曲の説明があって良かった。というのも、音楽祭オフィシャルサイト上の表記は「ヴァイオリンソロのための24の前奏曲」となっていた。そんな曲はヴァインベルクの作品一覧にはない。

シンプルな曲名で表記するという方針だったのだろうけど、予習命のスズキのような人間にとっては正確な曲名でサイトに載せてもらわないと困る。

おそらくチェロ曲をクレーメルが編曲したのだろうと思ったのだが、やはりそうだった。予習したチェロ曲がヴァイオリンから聴こえてきた。

初めて生で聴くギドン・クレーメルのヴァイオリンは、ヴィオラのような渋い音だった。弱音は極端にか細く、強音は重く響く。

ポーランド生まれでロシア・ソ連で活躍したヴァインベルク作曲の音楽を生演奏で聴くのは3回目。ヴァインベルクは、ナチス・ドイツを逃れてロシアに亡命したが、ポーランドでは家族が犠牲になったり、ソ連でも苦難を強いられた。ショスタコーヴィチが彼を支えた。ヴァインベルクの曲からは、ショスタコーヴィチの音楽で聴いた音楽とよく似たような音楽が聴こえてくる。

一方、わたしの数少ない音楽鑑賞経験の中から思い出されたのはブリテンの無伴奏チェロ曲だった。ヴァインベルクの無伴奏曲もブリテンの無伴奏曲も、クラシック音楽初心者にとっては分かり難い現代音楽のようなものだろうけど、少し聴き慣れると、メロディーとリズムが魅力的な歌曲のように感じる。だから、わたしは嫌いではない。

金沢に行こうと思って、プログラムを確認したとき、最初に目を付けたのが、この公演だった。わざわざ東京から出向く価値のある公演だ。何しろ、ヴァインベルクと言えば、その作品を熱心に演奏してきたクレーメルを思うだろう。近年そこらじゅうでヴァインベルクの作品が演奏されるようになったのは、クレーメルの功績なのかもしれない。

終演後、大感激する金沢の音楽ファンの様子に泣きそうになってしまった。音楽に感動する人の様子に感動してしまうのだ。わたしはそんなニンゲンだ。

演奏だけで十分満足だった。

だから、演奏中にスクリーンに映し出された写真について、何と言って良いか分からない・・・

それは、リトアニア出身の写真家アンタナス・ストクス(ストゥクス?)Antanas Sutkusの作品だった。わたしは、この写真家について何も調べなかった。

(画像クリック→Amazonへ)

ちょうど、この旅に持参した本が「そのこと」を語っているのだが、わたしはこの本について自分の言葉で説明できるほど理解できていない。自分の乏しい理解は以下の通り。

音楽鑑賞について、何の先入観(予備知識)も持たずに純粋に鑑賞するのが正しいという考え方があるが、それは間違っている。音楽は文化の一部であり、言葉、習慣、思考、歴史など様々な知識を持つことにより、音楽の美しさを感じたり、新しさや奇抜さを感じ取ったりする。音楽以外の要素は純粋な鑑賞を妨げるものではなく、より深めるものである。 (スズキ的要約)

 

これが、この本の著者の主張であり、わたしもそれに同意する。

だから、わたしはいつも音楽鑑賞の予習を重視している。「純粋な鑑賞」を推進する人々から見ると、わたしの鑑賞の仕方は邪道なのだろう。

知識が、より大きな感動に導いてくれる。わたしはそう信じている。

それは、音楽に限ったことではないと思う。たとえば、美術館に行ったとき、まっすぐ絵を見る人と、説明文やタイトルなどの情報を読んでから絵を観る人がいる。あなたはどちらだろうか?わたしは後者だ。

それなのに、今回、クレーメルの演奏で写真が上演されることは事前に知っていたのに、写真について、また、写真家について、何も調べずに鑑賞した。たまには「先入観を持たずに純粋に芸術鑑賞をする」というのをやってみようと思ったのだった。

でも、結局のところわたしには何もわからなかった。

映し出された写真から分かったのは、昔のソ連・ロシアの白黒写真で、人々の日常を写したものということだけ。後日調べてみると、それがこの写真家の作品の代表的なテーマだった。

写真家は旧ソ連の一部だったリトアニア出身。

旧ソ連の一部だったラトヴィア出身で、ソ連から西に亡命したクレーメルは、何かしら強い思い入れがあって、この写真家の作品を取り上げたのだろう。

作曲家ヴァインベルク、音楽家クレーメル、写真家ストクス・・・わたしは何を感じ取れば良かったのだろう。

自由に何でも良いから感じてみろというのは過酷だ。知識が無いと想像できる範囲も限られているというのに。並の人間は天才でも何でもない。せめて写真について、A4用紙1枚ぐらいの解説文を用意してもらえれば、もう少し何か分かったかもしれないのに。企画の意図をクレーメルさん自身による言葉で説明してもらえれば良かったのに。(それこそ「純粋な音楽鑑賞」を信奉する人々から見ると邪道なのだろうけど・・・)

 

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2019年5月4日

石川県立音楽堂コンサートホール

ヘンリク・シェーファー 指揮

ギドン・クレーメル ヴァイオリン

エーテボリ歌劇場管弦楽団

アンドレー 演奏会用序曲 ニ長調

シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調

 

1曲目はスウェーデンの女性作曲家による1873年の作品。クララやファニーより少し後の時代とは言え、女性作曲家はまだ珍しかった時代。曲は、ええと、普通にキレイな曲だなという感じで・・・ うん、そういう作曲家の作品を取り上げてくれたことが良いことだ。

ゆったりした長めの白い上着でソリスト、クレーメルさん登場。2階席から見ると白衣の科学者のようだった。客席の集中度が凄い。「一音も聴き漏らすものか!」という気合を感じる。舞台の前方に置かれていた譜面台を、クレーメルは指揮者より内側、オケに近い位置に置きなおした。彼はオーケストラの中で演奏した。ヴァイオリンの音は、まるで身近な誰かが亡くなったのでは、と思ってしまうほど悲しげな音だった。それをより強く感じたのはアンコールだった。美しく繊細な旋律だった。最初から最後まで静かだけど、少しも飽きさせない。

アンコール:シルヴェストロフ作曲セレナード第2番

今も活躍するウクライナの作曲家シルヴェストロフの名は数年前に某SNSで見たことがある。「絶対聴くべき」と言う感じの熱烈な推しぶりに圧倒されて、そのときは聴く気になれなかった(笑) 音楽を人にオススメするのは難しいねぇ・・・ シルヴェストロフの曲は夜のプログラムにも入っている。

 

前日に発見して狙っていた「北欧チーズ」セットとスパークリングワインで休憩。

外に出ると、やたらとトークが上手いトロンボーン奏者が率いる金管アンサンブルが無料公演中だった。ついつい吸い寄せられて最後まで楽しんだ。

ホテルに戻ろうかと思ったとき、なんと! さっきシベリウスを弾いたばかりのギドン・クレーメルさんが散歩しているではないか! 誰にも付き添われず、手ぶらで、駅の方面に向かってテクテク歩いていらっしゃるではありませんか!

声をかけようかと思ったけど、憩いの時間を邪魔しないことにした。

上下ともブルーの私服で快適そうに歩くクレーメルさんを、少し離れたところから、わたしはじっと見つめた。

 

 

2019年5月4日

石川県立音楽堂邦楽ホール

ボロディン弦楽四重奏団

遠藤文江 クラリネット

モーツァルト クラリネット五重奏曲 イ長調

シューベルト 弦楽四重奏曲 断章 ハ短調

ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏のための2つの小品よりエレジー

 

北欧とロシアには関係ないがモーツァルトのクラリネット五重奏曲は人気の曲だし、わたしも好きなので、当然この公演は鑑賞予定に含めた。北欧やロシアの作曲家が作曲したクラリネットと四重奏団のための曲は無かったということなのだろうか?

いいのだ。シューベルトもショスタコも好きだし。

ボロディン弦楽四重奏団を聴くのは、実は3回目だ。彼らは本当はロシア中心のプログラムを弾きたかったのでは?と思わせるほど、ショスタコとアンコールのチャイコフスキーが素晴らしかった。

終演後、外に向かって歩いていると、四重奏団がわたしを追い抜いて行った。これからサイン会なのだ。四重奏団は、すれ違いざまに、ゆるキャラのガルちゃんと少しだけ交流していた。

邦楽ホールから駅側の出口までの間、地下ホールがガラス越しに見えるエリアがある。近づくと音も少し聴こえる。地下ホールでは有料チケットを持っている方々向けの無料公演が演奏されていた。子供オーケストラによる演奏だった。

 

ライプツィヒのメンデルさんバッグで町を練り歩いたのに、誰にも「ステキなバッグ!」と言ってもらえなかったのです。
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2019年5月4日

石川県立音楽堂邦楽ホール

ギドン・クレーメル ヴァイオリン

ゲオルギス・オソキンス ピアノ

オーケストラ・アンサンブル金沢

シューベルト ヴァイオリンと管弦楽のためのポロネーズ 変ロ長調

シューベルト 5つのメヌエットと6つのトリオ

シルヴェストロフ ヴァイオリンとピアノのための5つの小品

シューベルト 歌曲「ミューズの子」(エーレン・フェルナーによるヴァイオリン独奏と弦楽合奏のための編曲)

 

繰り返しになるが、ギドン・クレーメルの生演奏を聴くのは初めてだった。もちろん彼の存在は前から知っている。アルゲリッチやマイスキーとのトリオも有名。代表的なヴァイオリン奏者なのに、国内でも旅先の海外でも、意外なことにまだ彼の演奏を聴く機会はなかった。

いつだったか、数年前にクラシック音楽界の商業主義を非難する声明を発表したのは、クレーメルさんだったと思うのだが?違うかな?

そんなクレーメルさんを招いた金沢の皆さんは凄いと思う。来てもらうからには、自由にプログラムを決める権利をクレーメルさんに与えたのだろうと思う。特に、最初に聴いたヴァインベルクの公演や、このシューベルトとシルヴェストロフを混ぜたプログラムは、クレーメルさん自身が演奏したくて企画したのだろうと、わたしは勝手に思っている。それでいいと思う。せっかく一流アーティストを呼ぶなら、自由にやらせてあげて欲しい。

クレーメルと同郷のピアニスト、オソキンスが音楽祭に参加しているのも、もしかしたらクレーメルの推薦だったのかもしれない。詳細はわたしは知らない。オソキンスの名前もやはり数年前に某SNSで見たことがある。2015年ショパンコンクールでファイナリストになったときだと思う。演奏を聴くのも姿を見るのも初めてなのだが、あらまぁ、濃い髪色の美青年。低すぎる椅子に長い脚の膝が飛び出ている。ピアノはシルヴェストロフの曲と最後の「ミューズ」だけだったが、室内楽を丁寧にセンス良く弾いてくれるピアニストであると感じた。また機会があったら聴いてみたい。

シューベルトの曲名が、また、一部分かりにくい表記だったのだが、予習した曲が合っていたので良かった。

オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバー数名が参加するのだと思っていたら、けっこう大人数だった。この室内楽向きの空間で、この人数の演奏を聴くのは迫力があって良い。オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバーは国際色豊かだ。日本人も含め、演奏中や演奏後の雰囲気が海外のオケみたいで好感。

この人数、この空間でシューベルトの小品を楽しめるのは至福の瞬間だ!

シルヴェストロフの繊細な曲は生演奏で聴くべきだと思う。その美しさを堪能できるのは生演奏に限るのでは・・・?

悲しみに満ちた音色ばかり印象に残るクレーメルさんのヴァイオリンだが、シューベルトでは明るく素朴な音色も楽しんだ。特にプログラム最後の曲は軽く明るい「ミューズの子」の編曲版で、楽しく終わった。クレーメルさんも嬉しそうだったし、お客さんもアンサンブルメンバーも嬉しそうだった。

 

金沢観光 

約15年ぶりの金沢だった。あのころは金沢は新幹線駅ではなかった。

今回、観光客の多さは想定以上だった。金沢は激しい混雑。結果、リフレッシュどころか疲労とストレスの旅となってしまった。トホホ。正直者スズキは「何もかも素晴らしかった」と言うことはできない。

ランチを食べようと思った近江町市場の寿司屋はすべて大行列。翌朝に朝食でもと思ったら、開店前から既に並んでいる。あきらめてパック寿司で我慢した。わたしは人ゴミも飲食店の行列に並ぶことも嫌いなのだ。レジ待ちなら我慢するけど、飲食店に並ぶなんて人生の時間の無駄遣いとしか思えない。わたしはそんなニンゲンさ。

 

金沢の美術館・博物館の情報を調べたクラオタは絶対ここを目指すはず。

蓄音器がずらりと並ぶ博物館で、1日に3回、実際に蓄音器の音を聴かせてくれるレクチャーがある。館内見学後に鑑賞することを想定しているようだが、レクチャーのトークがとても良いので、トーク後に蓄音器の現物を観察したほうがより楽しめるだろう。

エジソンの時代の蝋管(円盤レコードではなく、筒型のレコードで素材はろうそくと同じ)の生音も聴いた。アサガオみたいな大きなラッパが付いた蓄音器や、ラッパをぐるぐる折り曲げて箱に入れたタイプの蓄音器、電話帳で作った紙製のラッパなど、それぞれ解説した後に貴重な音を聴かせてくれた。なぜ貴重かというと、レコードは聴けば聴くほど磨り減っていくので、永遠に聴けるというわけではないのだ。

視聴したレコードの中にはトスカニーニ指揮BBC交響楽団のレコードもあった。「舞踏への招待」・・・だったかな?たしか。

初期の蓄音器は電気を使っていない。くるくるレバーを回してから再生する。停電でも大音量で音楽を流せるなんて、すごいではないか。

見学料300円は安過ぎる。貴重な品々の保管・管理費のためにも、少々寄付するつもりで2枚CDを買った。蓄音器で再生した音をCDに吹き込んだものだ。

ただし、昨日これを開封してスズキはがっかりした。2枚それぞれ10分未満しか入っていなかった。たっぷり1時間ぐらい聴くつもりだったのに、なんだか悲しい。冊子の内側に録音時間が記載されているのだが、当然、開封しないと見えない部分だ。せっかくだから知らない曲をと思って選んだので、そんなに短い曲とは知らなかった。各1000円。寄付と思うしかない。まあ、いいではないか、それで。

ちなみに蓄音器「ブランズウィック・バレンシア」は、実際にレクチャーでも聴いた。ヴァイオリンの音がきれいに聴こえるという説明だったが、確かに澄んだ音色が聴こえた。他の蓄音器では、大きい音は割れてしまっていたのに。それで、CDの1つはブランズウィックの音が入っているものを選んでみたのだった。

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蓄音器館は写真撮影不可だった。楽器博物館なら、わたしの知る限り写真OKのところが多い。浜松も、パリも、ライプツィヒもOKだったはず。蓄音器マニアなら、蓄音器に囲まれた自分の写真を記念に残したいだろうに。エンタメ刺激の強い世界に生きる子どもたちは蓄音器館で見聞きしたものをすぐに忘れてしまうだろう。子どもたちの顔より大きなアサガオ型らっぱの横で記念撮影とかできればいいのに。記憶に残りやすくなるはず。撮影用に1台だけでも(本物が無理なら実物大のレプリカでも)用意していただけるとみんな喜ぶのにな。事情を知らない素人スズキはそう思った。
 

激混みでストレスだらけの10連休の金沢。救いはカフェだった。チェーン店ではないカフェがいくつかある。目星を付けておいたのはカフェ3店。そのうちの2店を訪問した。いずれも静かでゆっくりできた。駅前、市場、茶屋町、兼六園の混雑とは大違いの洗練された空間だった。

また、通りすがりの店で地酒と金沢おでんを味わった。直感的に、ここなら女一人でも余裕で楽しめると思ったのだが、直感は大正解だった。

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金沢まで旅してオーケストラ・アンサンブル金沢の演奏を聴きたいというクラシック音楽ファンの皆さんは、観光客でごった返す時期は避けて、旅計画を立てよう。間違ってもゴールデンウィークを狙ってはいけない。もっと落ち着いて町を楽しめる時期に行くと良いでしょう。スズキの分も楽しんで欲しい。

 

日本社会に居場所も希望もない我々は、ときどき海外に逃げる。そんな海外旅を「命の洗濯」と呼ぶ。

わたしは心のどこかで、日本でも「命の洗濯」と呼べる旅が出来ればいいなと、思っていたのかもしれない。でも、よく分かった。日本はヨーロッパの代わりにはなれない。ああ、ヨーロッパが恋しい。飛行機代が高くても無理して行ってしまえば良かったのかもしれない。

近い将来、ヨーロッパまで旅できないほど貧乏になってしまうだろう。そうしたら、もう勇気を出して自分の命など捨ててしまうしかないということだ。洗濯できない命は汚臭を放つのだ。 

思うのだが、日本の旅はすべて日常の延長線上にある。つまり、日常を忘れて心底リフレッシュすることは不可能なのだ。

日本では、旅行と言えば、修学旅行、子ども中心の家族旅行、若いカップルや若い友達同士の旅行、老後の旅行のこと。期間は1~3泊という、他国から見ると超短期。日常の一部として、短期で楽しむのが日本人の旅行。そういう前提ですべての観光・旅行産業がビジネスを展開している。大人が週単位で休暇を楽しむヨーロッパとは何もかも違う。

日本でも「大人女子♪」をターゲットにした子どもっぽい旅は可能だが、10年前のわたしならともかく、今はもうそんな子ども騙しには心が動かない。

ヨーロッパの音楽祭のような洗練された空間は、日本には出現しないのだろう。そんなもの求めること自体が間違っている。日本社会は永遠に日本的なのだ。日本大好きニンゲンにとっては全国どこを旅しても最高。日本苦手ニンゲンにとっては「命の洗濯」と言えるほどの体験は日本では不可能。

ああ、ヨーロッパが恋しくなってしまった。オイロパ!オイロパ!

Europa!

Meine geliebte Europa!

Ich kann nicht leben ohne dich!!

(スズキ心の叫び)

 

そんな、ネガティブな文章がモクモクと頭に浮かんでいた金沢での最後のコンサートの直前、たまたま軽食コーナーで隣り合わせた粋な女性に話しかけられて、いろいろ話したら、「おもしろい」と言われて、スズキは少々上機嫌で最後のコンサート(シューベルトとシルヴェストロフ)に向かったのだった。

自分の話を「おもしろい」と思ってくれる人がいるんだな。ちょっと救われた瞬間だった。

 

以上、思いっきり地元地域の皆さん向けの音楽イベントなのに、わざわざ東京から駆けつけた音楽好きのスズキの金沢旅のお話はこれで終わり。 

 

兼六園

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さあ、最後まで読んでしまったアナタは音楽祭のゆるキャラ「ガルちゃん」が気になって仕方がないはず。衝撃の御姿は音楽祭のオフィシャルサイトでご確認ください。

いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭 2019

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