オペラ オネーギン 新国立劇場 2019年10月6日 鑑賞後メモ

指揮:アンドリー・ユルケヴィチ

演出:ドミトリー・ベルトマン

タチヤナ:エフゲニア・ムラーヴェワ

オネーギン:ワシリー・ラデューク

レンスキー:パーヴェル・コルガーティン

オリガ:鳥木 弥生

グレーミン公爵:アレクセイ・ティホミーロフ

そのほかの関係者については公式サイトご参照

スタッフ⋅キャスト|『エウゲニ・オネーギン』公式サイト|新国立劇場 オペラ

 

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  • チャイコフスキーの憂鬱で甘美な音楽
    意外かもしれないが、わたしは、あまりチャイコフスキーの音楽を聴く機会はない。ピアノ、歌曲、室内楽、オペラを追いかけていると、チャイコフスキーの作品と出会うことは少ない。もちろん彼もそれらの作品を作っているのだが、作品数が少なかったり演奏の機会が少なかったりという事情のため鑑賞チャンスが限られているのだ。今回のオペラでは、最初から最後まで、しつこいぐらい(?)ロマンチックな音楽を堪能した。秋に合う音楽だ。


新国立劇場『エウゲニ・オネーギン』より(2019年10月)Eugene Onegin- New National Theatre Tokyo, 2019

  • オネーギン、やっぱり他人に思えない(笑)
    どうしても、オネーギンの考え方や、世間にうんざりしているところとか、わたし自身と似ているから、他人とは思えない。共感できる部分が大いにあるのだ。だから、最後に舞台に一人残されて、惨めな運命に絶望して叫ぶオネーギンをかわいそうに思う。でも、設定上、彼はまだ26歳。若い。そんなに絶望するな。自分の人生早く終わってしまえばいいと願うオバサンスズキとは違うのだから。ところで、スズキはついに禁断の書を図書館で借りてきた。バイロンのチャイルド・ハロルドとかいう本・・・
    グレーミン公爵が「タチヤナを愛している」と長々と歌う場面は、確か原作小説には無かったはず。あった?いや、無かったと思う。いずれにしても、あれは、オネーギンの心情を揺さぶる場面として、非常に効果的。しかもグレーミンはこの歌を2回も歌う。オネーギン(バリトン)より低いバスの音域で、しかも圧倒的な美声で、グレーミン公爵はこの歌を2回も歌った。オネーギンの完全な敗北が誰の目にも(耳にも)明らかに。自業自得なのだが、それでもかわいそうなオネーギン。

  • レンスキー、カッコイイ
    と、休憩時間の女性客たちの喋り声が聞こえてきた。後方席のスズキの精度の良くないメガネでは詳細は見えないのだけど、確かに遠目でもそう見える! でも、スズキが「お!」と思ったのは、別のところだった。パーティーの場面でやや控え目な声量で(←わなわな震えながら?)オネーギンに決闘を申し込んだ後、場面の最後に、愛するオリガに「さようなら」を言うときに最大の声量を出したところ。レンスキーくんは、普段は声をあらげない、繊細で上品な「詩人」として頑張っているのだろう。最初から最後まで迫力満点で歌うより、差を付けるほうが聴き手は「お!」と思うのだ。それから、「クダー、クダー」と「僕の青春はどこへ行ってしまったのだ」と歌う名アリアで、最初のフレーズを歌ってすぐに顔を覆ってしまったところ。アリアを歌い終わったら、また顔を覆って泣いてしまったところ。オペラでは明言されていないが、原作小説ではレンスキーは18歳という設定だったはず。まだ少年みたいなもの。決闘なんかやるな。思い直せよ。かわいそうに。

  • レンスキー役の歌手について知りたい?上の動画には出ていないので下に別途動画を貼ろう。パーヴェル・コルガーティンという名のロシア出身のテノール歌手。1987年生まれ。(若!)


Gioachino Rossini La danza -"tarantela"

  • でも、やっぱりオネーギンも素敵でした
    姉妹の母はオネーギンと初めて会ったとき、嬉しそうにはしゃいでいた。母のセリフの字幕にハートマークが出てた!

  • オリガはおバカでカワイイ女の子?
    最初の場面の衣装は、ミルキーピンクのドレスに遠目でもハッキリわかる白い水玉模様。アイドルグループか何かの衣装みたいな? キリっと身なりを整えた美しい若者レンスキーとお似合いとは・・・言えない。でも、レンスキーは彼女に夢中なんだ。

  • 手紙の場面
    若いっていいね。今更だけど。プーシキン原作小説の「若いときに若かった人は仕合せだ」という部分をふと思い出した。若いときに若くなかったんだ、わたしは。20歳のときから精神年齢60歳だったからさ。まだ遅くないって?!では、タチヤナのように熱い手紙でも書いてみようか。誰に??? えっと、ではオネーギンさんに? いや、それより、熱い手紙なんかもらってみたいものだ。面倒だから無視して捨てちゃうかもしれないけど(笑)
  • 決闘の場面
    今回の演出では、オネーギンの介添人が酔っ払いのフランス人だったのは、何故だろうと思うのだが、その部分の音楽が、酔っ払いの小躍りにピッタリの短いフレーズを含んでいて、驚いた。銃弾に倒れたレンスキーに無言で近づいて手を添えるオネーギンの向こうで、酔っ払いフランス人が奇声のような泣き声をあげる。泣けないオネーギンの代わりに泣いてあげているのか?
    そこまでは良いのだが、なぜかひょっこりおバカでかわいいオリガまで顔をだす。誰か女性と一緒に。ばあや?母?ちょっとよく分からなかったけど。これがもし、女性ではなく、見知らぬ男と一緒だったら、ちょっと面白かったのに(笑)と個人的に思う。オペラにはオリガのその後は含まれていないが、原作小説ではオリガは決闘でレンスキーが死んだ後、あっさり他の男と結婚したとなっているのだから。

  • 場面転換 むずかしい
    転換のたびに音楽は中断。客は暗い中で作業終了を待つ。回転台などあると、表裏で違うセットを組んでクルっと回すだけで済むだろうけど、たしか新国立劇場に回転台は無い。(日本には無い?)
    第1幕 ラリーン家の屋敷の庭 → タチヤナの寝室 →ラリーン家の屋敷の庭
    第2幕 ラリーン家の大広間 → 村の水車小屋の近く
    第3幕 ペテルブルクの舞踏会 → グレーミン公爵の屋敷のタチヤナの部屋
    と変わっていく。今回は休憩が第2幕の途中で入るというスケジュールだった。

  • 来世ではオペラ演出家とか、どうかな?
    あるいはオペラ字幕翻訳者とか?ビジネス翻訳とは勝手が違うし、頻繁に需要があるとも思えないから機会も無さそう。それに、自分のような無教養な人間には能力的にも無理さ。
    演出の可能性を探っていくのは面白そうだ。実現は難しいとしても、妄想だけなら無料。こんどオペラの演出を作り上げてブログで紹介してみようか?

  • 日本なんか大嫌いだけど
    オペラに行く度に、オペラが定期的に上演されるところに住んでいることを幸運に思う。東京が好きなわけではない。日本が好きなわけではない。でも、ヨーロッパに移住できないなら、東京に住む以外に選択肢がない。気分転換に他の土地に住んでみようとも思えない。オペラがないところなんか嫌だ。東京の家賃が払えなくなったら、人生も終わりにしよう。

 

こうしてまた1週間の疲れが取れないまま新しい週が始まる。わたしの心はチャイコフスキーの音楽以上に憂鬱だ・・・

 

 

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