チャイコフスキー作曲オペラ「エフゲニー・オネーギン」予習完了

完了と言えるほど理解できていないのは、ロシア語のせいということにしよう。

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原作(図書館にあるはず) 
表紙クリック→Amazon

 

 

スズキ的「あらすじ」

田舎に暮らすお嬢様タチヤナは、都会からやってきた隣人オネーギンに一目惚れ。もがき苦しみながらラブレターを書く。

想いを吐き出して一瞬だけ満たされたタチヤナだったが、手紙を受け取ったオネーギンに馬鹿にされるかもしれないと、恐怖に震える。

案の定、オネーギンは「オレは家庭に向かない男だ」とタチヤナに伝える。さらに「自分の感情を抑えることを学べ」とタチヤナに説教する。タチヤナは無言で静かに泣く。 

(むむぅ。ムカツク男だね、オネーギン!冷たすぎる。タチヤナかわいそう!情熱に対して、感情を抑えろって、ヒドイ。)

タチヤナの「名前の日」(誕生日ではないが、誕生日みたいなお祝い?)を祝うパーティー。友人レンスキーに誘われてオネーギンも来たが、自分に対する世間のヒソヒソ話に腹を立てるオネーギン。レンスキーをからかって鬱憤晴らしを思いついた。レンスキーが溺愛するオリガに声をかけてダンスを踊りながらお得意の甘い言葉でオリガの気を引くオネーギン。世間知らずで純情な若い男レンスキーはキレた。そしてオネーギンに決闘を申し込む。

(レンスキーよ、落ち着け!「僕の大事な女に何するんだ!」と3発ぐらいオネーギンを殴って終わりにすればいいではないか!血を見る争いにするほどオリガに価値は・・・以下自粛)

(オネーギンもくだらん「からかい」などするな。さっさと退席して家で一人ディナーでも楽しめば良かったのに。)

決闘に勝ったのはオネーギンだった。レンスキーは即死。人付き合いが苦手な孤独なオネーギンはたった一人の友人を自らの手で殺した。

村を出て孤独に海外を彷徨った挙句、数年ぶりにロシアに戻ったオネーギンは、サンクトペテルブルクで、美しく気品あふれる大人の女性になったタチヤナを見た。もう彼女は文学を愛する物静かでオドオドした田舎少女ではない。グレーミン公爵夫人として堂々とふるまっている。自分と会って話しても全く動揺しないタチヤナの態度にショックを受けるとともに、激しく恋に落ちるオネーギン。彼はもうタチヤナ無しでは生きていけない。(皮肉にも、感情を抑えられるようになれと忠告したのはオネーギン自身だ。)

農村にいたときとは、立場が逆転した2人。執拗にタチヤナを求めるオネーギンに対し、自分はもう結婚した身だからとしてオネーギンに立ち去るように言い放つタチヤナ。舞台に独り残され、人生に絶望したオネーギンの絶叫で幕を閉じる。

 

作品に惚れ込んだのか、DVDのプロダクション(歌手陣&演出)に惚れ込んだのか・・・

忘れもしない2015年9月、シアトル往復のANA機でスズキはこの作品と出会った。その後、無くなってしまったようだが、当時はニューヨークのメトロポリタン歌劇場の上演を録画したもの(METライブビューイング)が機内エンターテイメントで楽しめたのだ。わたしはあっという間に「エフゲニー・オネーギン」に夢中になって、帰国後すぐにDVDを買った。(ANA様、METライブ復活お願いします!!)

DVD画像クリック→Amazon  (字幕日本語なし)

ストーリーに惹かれたのか、この演出と歌手陣に惹かれたのか、自分でもよくわからない。惚れ込んだ理由は以下のとおり。

  • オネーギン役のマリウス・クヴィエチェン
    嫌味たっぷりでムカツクのに魅力あるカッコイイ男を演じるのが上手い!下に「手紙の返信」の動画を貼り付けたので、良かったらどうぞ。オペラ前半の偉そうな態度と、最後のシーンの無様な落ちぶれぶりの凄まじいギャップにも注目!

  • オネーギンという人間
    スズキとしては、他人とは思えない(笑)
    世間をバカバカしいと思い、社会に飽き飽きしていて、家庭というものに興味がない人間。アタシのことじゃないか(笑)ただし、わたしはオネーギンのように永遠に旅しながら生きていけるような財力はないし、異性が寄ってくるような魅力はない(むしろみんな逃げていく)。ずっと放浪できる財力が羨ましい。

  • タチヤナ役のアンナ・ネトレプコ
    いまインスタグラムで拝見すると、まあ、ビックリするほど遊びまくりで。たまに遊び疲れて風邪引いてキャンセルみたいなことも? 遊びまくりでも許される大物歌手であることは間違いない。わたしがネトレプコを初めて知ったのが、このオネーギンDVDだった。以前から名前は知っていたが、有名ビッグスターでしょ、ぐらいにしか思っていなかった。
    あのイケイケなスター歌手が、いじらしい、根暗で陰気な女の子を違和感なく演じてくれるのだ。そこから、ガラリと変わって、赤いドレスの気品ある夫人。どちらでも、その場の空気を独占する圧倒的な存在感。

  • 手紙のシーン
    タチヤナがラブレターを書くシーンは特にすごい。世の中にあれほど情熱的に手紙を書く人などいるのだろうか。真夜中に独りで。いるとしても、それがオペラのシーンとして描かれるとは思わないだろう!
    手紙はいい。わたしは字が汚いので滅多に手紙は書かなくなってしまったが、いまでもインスタントメッセージよりEメールやワードで書いて印刷した手紙を愛している。チャット的なものが苦手なんだ。チャットなんかより手紙がいい。
    DVDのシーン、メトロポリタン劇場のYouTubeチャンネルより


    Eugene Onegin: Letter Scene -- Anna Netrebko

    手紙の返事はこんな感じ。偉そうなオネーギン、かわいそうなタチヤナ。


    Eugene Onegin: Onegin's Aria (Mariusz Kwiecien)

     

  • 最後のシーン
    原作では2人の再会から数ヶ月後の場面。数ヶ月の間にオネーギンは死にそうなぐらいやつれてしまった。オペラでは再会直後。あの嫌みったらしく説教したオネーギンがタチヤナの足元にすがる。でもねぇ、オネーギンの言葉は相変わらず自己中だ。自分のためにタチヤナが必要だとか、運命なんだとかいう主張ばかり。
    原作ではタチヤナはもっと凛とした態度だったが、オペラでは後ろ髪を引かれる思いでオネーギンを振り切っているという感じがする。このDVDでは、この場面は雪が舞う外という設定になっている。ますますオネーギンが惨めに見える。
    タチヤナは、農村でのオネーギンの冷たい返事をいつまでも覚えている。あのときの恐ろしさを決して忘れない。それでも、あのときオネーギンは自分の心に誠実な返事をしたのは確かだったし、そんなオネーギンに、相変わらずタチヤナは惚れてしまっていたのだろう。無駄だと知りながらも。
    原作によれば、あの決闘でオネーギンが村を去った後、タチヤナは主人がいないオネーギンの家を訪ねて、本に囲まれて物思いに沈んでいたという。あんなことがあっても、嫌いになれなかったんだろうね。公爵と結婚するまでは。

  • 大人たちが演じている
    ロシア語でYouTube検索すると、非常に若い歌手たちが歌っているロシアで上演された「エフゲニー・オネーギン」がいくつも出てくる。ロシアの歌手たちにとって、定番の作品なのだろう。歌手たちが若いというのは、人物たちの本来の年齢に近いので、妙にリアル感があって楽しめる。
    ちなみに放浪の末、ロシアに戻ってきたオネーギンは歌の中で「26歳」と言っている。うわ!若いなぁ。
    一方で、わたしが激惚れしたDVDは、ある程度の年齢の大人が演じている。表現力の幅が違うと思う。ベテラン熟練歌手たちだからこそ、こんなに感情揺さぶる仕上がりになっているのではなかろうか。

  • レンスキー役のピョートル・ベチャワ
    彼もよく遊んでますね・・・(インスタグラム)
    たまにメガネを掛ける。そんな詩人姿が妙に役に合っている。ピクっと眉毛を動かして不快感を表すところも好きだったり。オリガとの(バ)カップルぶりもかわいらしい。
    原作小説によると、レンスキーが死んだ後、彼が愛したオリガは暫く悲しんでいたが、その後あっさり他人と結婚したとなっている。ああ、レンスキー!あの子のために決闘で命を落とすなんて!
    DVDのシーン、メトロポリタン劇場のYouTubeチャンネルより


    Eugene Onegin: Lenski's Aria (Piotr Beczala)



  • オペラの最初から最後まで憂鬱な雰囲気
    村人たちの踊りや歌、パーティーの音楽など楽しい音楽は流れているけど、どの場面でもタチヤナの心は暗い。退屈そうにそこに座っている。心も少しも晴れやかではない。彼女の気持ちに寄り添うような悲痛な音楽がたくさん流れる。予習を始めてから、この憂鬱で美しい音楽が昼間も頭から抜けない・・・

 

ロシア語

DVDの歌手たちはネトレプコはロシア語が母語、クヴィエチェンとベチャワはポーランド語が母語なのだが、ポーランド語とロシア語はかなり似ている。

スラヴ系の言語を1つできると、本当に鑑賞幅が広がっていくのになと思う。結局よくわからなくて悔しい。日本語は何の役にも立たないさ。ふん。

いくつか単語をピックアップするが、あまりよくわからなかったので期待しないでください。

Онегин

「オネーギン」はキリル文字でこう綴るのだが、なんと発音は「オネーギン」ではないことを発見した。よく聴いていると、「アニェーギン」と言っている。eは「エ」ではなく「イェ」であり、eにアクセントが来るなら、その前の o は 「オ」ではなく「ア」に変化するのだ。なるほど。

няня

「ばあや」という意味なのだが、ターニャ(タチヤナの愛称)の家ではフィリピエーヴナという名前のばあやが働いている。英語訳では「ばあや」はNannyとなっている。ばあやは昔は記憶力が良くて褒められたというのが自慢話。いまは勘も鈍くなってしまったらしい。タヌーシャ(これもタチヤナの愛称)が手紙を「ご近所さん」に届けてと指示すると、ご近所さんはたくさんいるので誰だかはっきり言ってくれないと分からないという。あの人に決まってるでしょ!原作者のプーシキンは自身のばあやからいろんな話を聞いたらしい。だからか、この作品でも、ばあやの存在感は少し大きめ?

ところで、няняをどのように発音するか、分かるかな?

あまり成果のない今回のロシア語勉強で、一番気に入った発音。ふふふ。

н は英語のNの音、я は「わたしは」というときの「ヤ」

分かりますか?

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答えは「ニャーニャ」!ロシア語ではばあやのことを「ニャーニャ」という。オペラでターニャもニャーニャーとばあやに話しかけている。ふふふ。

 

куда

「クダー」と発音する。「どこへ」という意味。英語では Where is it? Where are you going?のように「どこ」も「どこへ」もwhereだけど、他の言語では単語を使い分けることがある。

ドイツ語では前者は wo (ヴォー) で後者、つまり「どこへ」は wohin (ヴォーヒン)となる。

ロシア語でも「どこ」と「どこへ」は違う。「どこ」は где (グジェ)で、これはチャイコフスキーの別のオペラ「イオランタ」で盲目のイオランタが「あなたはどこ?」と連発していた単語。

「エフゲニー・オネーギン」に出てくる名アリアといえば、決闘の直前にレンスキーが「クダー、クダー」(どこへ)と歌うアリア。こんな歌詞:「どこへ行ってしまったんだ、僕の青春の日々は・・・」ぐすん。決闘なんてやめればいいのに。

上の動画と同じ曲。下の動画は最初(「クダー」)から入っている。


Lensky's Aria (Kuda, kuda vï udalilis) - Eugene Onegin - Oleksiy Palchykov

 

начинать

動詞「始める」で、発音は「ナチナーチ」。最近、ロシア語のテキストで見かけたので、オペラでも気になった。たとえば、タチヤナのパーティーで、ちょっと面倒な感じの近所のフランス人のおじさんが歌を披露するとき、「始めるぞ」と言う時に言っている。おじさん、替え歌でタチヤナを称える歌を歌う(笑)うるわしきタティーアナ!暗いオペラの数少ない笑える滑稽な場面(?)いや、失笑かな?

また、レンスキーとオネーギンの決闘も「始めよう」という言葉で準備開始。

Начнем ナチニェンム (かな?)とレンスキーが言っている。英語ではLet's start という感じ。

 

Я  люблю  вас

「ヤ リュブリュ ヴァス」英語で言えば I love you だから、将来ロシアでこのセリフを言う予定なら覚えておこう(笑) 

わたしにはよく分からないのだが、ロシア語では親しい人に向かって、こうして вас という目上の人向けの「あなた」を使うことがあるらしい。レンスキーは愛するオリガにя  люблю  вас(あなたを愛している)я  люблю  тебя (君を愛している)と、「あなた」と「君」を両方使って愛を表現している。(тебя はティビャと発音する。)

ごらんのとおり、I love you と同じ語順となっている。それが基本なのだろうけど、「あなた」が先に来るのもアリらしい。つまりフランス語のJe t'aime のように。

というのも、最後のシーンでタチヤナがオネーギンに「愛している」と言ったときは、I you love の語順なのだ。Я  вас  люблю! (ヤ ヴァス リュブリュ!)

また、公爵がオネーギンに「隠さず言うけど、わたしはどうしようもないぐらいタチヤナを愛している」と言う時ももちろん「リュブリュ」と言っている。タチヤナが深く愛されていることを知って笑顔が引きつるオネーギン。

公爵の言葉は я  люблю  Татьяну! 「ヤ リュブリュ タティアヌ」となっている。タティアナがなぜタティアヌになるかというと、それは ロシア語では、I my me mine のように人名も名詞もみんな「格変化」するからなのだ。

 

文学好きのタチヤナにちなんで、文学的な(?)単語を復習しよう。

книга 本 クニーガ

читать 読む チターチ

Я  читаю  много. わたしは(本を)たくさん読みます。ヤ チタユ ムノガ 「田舎暮らしで退屈しませんか?」とオネーギンが尋ねたときのタチヤナの返答。

я  читаю  книги. わたしは本を読みます。ヤ チタユ クニーギ(本の複数形)

письмо 手紙 ピスモー  「書く」という動詞 писать (ピサーチ) から来ている

 

新国立劇場の「エフゲニー・オネーギン」は10月1日から

>>>チケットぴあで残席を確認 icon

 

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海外の参考動画 

宣伝&解説(英語)


Eugene Onegin: The main characters - The Royal Opera

宣伝&解説(ドイツ語)


Peter I. Tschaikowski: Eugen Onegin

 

第3幕 の始まり「ポロネーズ」サンクトペテルブルクの舞踏会のシーン


Tchaikovsky - Polonaise from Eugene Onegin (St. Petersburg Orchestra, Nikolai Alekseev)

 

全編(ロシア語、字幕なし)


П.Чайковский "Евгений Онегин". P.Tchaikovsky "Evgeny Onegin". Mariinsky theatre (1984)

 

 

 

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