質問:憧れのアーティストはいますか?
憧れる気持ちが強すぎて、そのアーティストの芸術性を自分に取り込もうとしてしまうぐらい好きですか?
それなら、フィンランド国立歌劇場で2016年に上演されたヴァーグナー作曲「さまよえるオランダ人」をオススメしよう。2021年1月29日までOperaVisionのYouTubeチャンネルで無料公開中。
以下のブログ文章はネタばれになるので、読みたくない人はこのページを閉じましょう。
THE FLYING DUTCHMAN Wagner – Finnish National Opera and Ballet
3月以降、オンライン特別公開されたオペラやコンサート映像を沢山鑑賞したのだが、鑑賞記録も感想メモも書き残していないので、今さら何も書くことはできない。
今回ご紹介するのは比較的最近観た作品で、まだしばらく公開中なので、取り上げてみる。コロナ禍のための特別公開ではなく、もともと計画されていた公開だろう。
ブログ冒頭の質問を再掲しよう。
質問:憧れのアーティストはいますか?
憧れる気持ちが強すぎて、そのアーティストの芸術性を自分に取り込もうとしてしまうぐらい好きですか?
わたしの答えはYesです。好きなアーティスト、わたしの場合はピアニストたちなのだが、彼らを知ったときは、録音を聴きまくって、ご本人たちに関する情報を集めて、なんとかしてそのエキス?を自分の演奏に反映したいと思った。それどころか、その素敵な人物像を自分という人間・人生の参考にしたいとまで思った。ああ、懐かしい。
「さまよえるオランダ人」という作品の詳細は省略しよう。今回は既にストーリーを知っている人向けに書く。(え!?スズキさんヒドイ・・・泣)
フィンランド国立歌劇場での演出は、アーティスト(あるいはアイドルとか?)に憧れる一般人のツボを刺激してくれるニクイ(←良い意味で)演出となっている。
この演出では、「オランダ人」はカリスマ的な人気のアーティスト。彼のベッドには次々きれいな女の子が舞い込んでくる。だが、今に至るまで真実の愛を見つけられない。それだけではない。有名人として、それらしい発言を求められ、公の場で本音で語ることができない。成功したアーティストでモテモテなのに、陰で泣いて絶望で死にそうな男として描かれている。
「ゼンタ」は、そんなアーティスト「オランダ人」の信奉者(ファン)であり、彼が表紙に出ているTIME誌を熱読する。「ゼンタ」もアーティスト志望らしいが、カリスマの彼と出会えるはずはない・・・のだが、出会ってしまったのだ!!
印象的なシーンがあった。
出会ってすぐに、ゼンタは自分の作品を憧れのアーティスト「オランダ人」に見せた。(ゼンタが「ゼンタのバラード」を歌いながら体当たりで制作した作品だ。)すると「オランダ人」は衝撃を受けたように感激してゼンタの作品を見つめ続けた。
ありがちな演出では、出会った2人はいきなり見つめ合い抱き合いラブラブモードな様子を描くのだが、この演出では、2人が見つめ合う時間より、「オランダ人」がゼンタのアート作品を見つめる時間の方が長かった。それはラブラブモードばかり見てきた「さまよえるオランダ人」ファンとしてはかなり新鮮だった。
尊敬するアーティストがわたしの作品をまじまじと見つめている!!
ゼンタの興奮は絶頂。
これをスズキ自身に置き換えてみよう。
わたしのピアノ演奏を、わたしの憧れのピアニストが感動して聴き入っている!!
それはきっとわたしの「三大ピアニスト」の誰かでしょう!?
うふふふふ。
冥途の土産として記憶に残したい瞬間だわ!!
(スズキさんは妄想にふけっているので、しばらくそっとしておいてあげましょう。)
(まあ、でも、改めて文字に書き出してみると、絶対にありえない光景だと思うのだけど・・・)
フィンランド国立歌劇場の演出は、しかし、最後の場面がわたしにとってはあまり面白くなかった。原作とは違う結末となっている。ご覧になった他の方々はどう思っただろう? でも、最後以外は気に入った。演出家はデンマーク出身のカスパー・ホルテン氏 Kasper Holtenである。
舞台演出は面白いと改めて思った。もうわたしは現世には興味ないが、来世というものがあるのなら舞台芸術の演出家を目指したい。最終的に演出家にはなれなくても、それを目指す過程で学んだことや出会った人々との関係には大きな価値があるだろう。このブログを訪問する人の中に若者がいるとは思わないが、もしいるなら、将来の目標として演出家というのはどうだろう?
(こちらはフィンランド国立歌劇場「さまよえるオランダ人」の短い宣伝動画 1分強)
TEASER | THE FLYING DUTCHMAN Wagner – Finnish National Opera and Ballet
前の記事で「共感しないけど興味を持っちゃった」という方が「共感する」ことよりステキな感覚だと書いたが、「さまよえるオランダ人」という作品は、わたしにとってまさに共感しないけど興味を持ってしまった作品の1つだ。
共感できる作品というのを求めてしまうと、誰もオペラなど見なくなってしまうだろう。多くのオペラで、女は愛する男のために犠牲になっている。わたしはフェミニストでも何でもないが、それでも女が男を救済するための道具のように描かれることには共感できない。
それでも、なぜかわたしは「ゼンタのバラード」を上手に歌えるようになりたいと、おかしなことを考えたりする。でも、苦しみ続ける憐れな男を救うのは「わたしよ!」と意気込むゼンタみたいになりたいという想いは微塵もない。
原作の「オランダ人」は呪いをかけられて何百年も死ぬことが許されず航海を続ける男。人生に絶望して死という救済を求める部分に多少なりとも共感することはあるが、共感できるのはそこぐらいだ。
共感しなくても、作品のストーリーを面白いと思うし、その音楽を美しい&カッコイイと思う。芸術は共感無き感動を可能とする魔法のような力を持っている。
こうして、共感しないものに興味を持つと世界が広がっていくのだ。(ただし、自分が生きる狭い社会では居場所が無くなっていくのだ。ははは。)