鑑賞メモ2020年:指揮者&演出家のユニークな選択 オペラ=コミック座 2018年上演 グルック「オルフェオとエウリディーチェ」(2020年12月4日まで公開中)

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演奏にあたり疑問点や謎を洗い出す。

それを解決するために情報を集め、分析し、何らかの結論を出す。

演奏や演出に「正解」はない。

クラシック音楽の魅力の重要な部分だと思う。「ブカブカ」(過去記事参照)な現代のビジネス世界や人間の生き方にも通じるだろう。

 

パリのオペラ=コミック座で上演されたグルック作曲「オルフェオとエウリディーチェ」がOperaVisionで公開中。まずは目を引く演出をチラっと観てみない・・・?これは短い抜粋版。


EXTRACT | 'Quel est l'audacieux' from Gluck's ORPHEUS AND EURYDICE .– Opéra Comique

1800年代に演劇界に新しいテクニックが生まれた。「ペッパーズ・ゴースト」と言う。お客さんから見えないところにいる「幽霊」をボワっと映し出すマジックのようなテクニックだ。

そのテクニックを応用すると、ステージの床にはめ込んだデジタルパネルの映像を、45度に傾けたスクリーンに反映し、その向こうに床のデジタル映像が浮かんで見えるようになる。

実際の使い方としては、最近はコンサートやショーなどでステージ床のデジタル映像をスクリーンの向こうに映し出すことが多いのだろうけど、このオペラでは、ご覧の通り、床の「映像」ではなく、床に寝っ転がった「人間」を映し出している。

こんなにくっきり見えるとは、知らなかった。リアル過ぎる。まるで壁に人間が張り付いているようだ。床でブレイクダンス風のダンスを踊るダンサーたちも壁に吸い付いているように見える。

こちらがフルバージョン。12月4日まで公開中。


ORPHEUS AND EURYDICE Gluck – Opéra Comique

演出家のオーレリアン・ボリの名前を検索すると、この作品の他にもこのテクニックを使った画像が出てくる。このテクニックが気に入っているのだろう。

でも、OperaVisionサイトの解説によると、彼が今回このテクニックを使った理由は他にもあるようだ。

Orpheus and Eurydice – Opéra Comique | OperaVision

この作品「オルフェオとエウリディーチェ」は、演奏にあたり演奏者たちが決めなければいけないことがある。作曲家本人が遺した版が2つある。

・初演版(イタリア語)

・改作したパリ版(フランス語)

さらに後の時代に作曲家のベルリオーズが、それぞれの良いとこ取りをして新たな版を作った。

・ベルリオーズ版(フランス語)

この3つの版では主役オルフェオを歌う歌手が違う。

・初演→カストラート

・パリ版→オートコントル(最も高音の音域を歌うテノール)

・ベルリオーズ版(メゾソプラノ)。

その後も様々な人々が何らかの「工夫」を加えて演奏したが、この3つが主な版として知られている。このうちのどれかを選んで演奏する。

 

今回の上演は、演出家も指揮者もフランス人で、上演場所もフランスなので、迷うことなくフランス人であるベルリオーズ版を採用することになったようだ。

ベースはベルリオーズ版なのだが、それだけではない。クラシック音楽では作曲家のオリジナル版を大事にするのだが、この作品の経緯を踏まえて、演出家ブリと指揮者ラファエル・ピションたちは「自分たちも自由にやろう!」と決めたのだ。疑問点を洗い出し、自分たちならではのユニークな選択をした。

もっとも、今回のようにバロック時代など古い時代の作品に至っては、完全なオリジナル版が無かったり、情報が足りなかったり、他の作曲家の曲が混じってたり、不可解な点があったり・・・何かしら決断をして演奏するのだろうけど、今回はその幅を広げたのだろう。

 

というわけで、こんな演奏となった。

  • グルック作曲の序曲の違和感
    序曲の直後にエウリディーチェの死でストーリーは開幕。なのに、序曲は華々しい祭りの雰囲気!!(笑)
    確かに繋がりの欠如だ。まあ、派手な音楽が好まれたバロックならではのオープニングだから仕方ない?
    ちなみにOperaVisionのサイトによると、ベルリオーズ版ではお客さんが席に着くまでの間の余興としてこの序曲を演奏するそうだ。

    今回の選択 → この序曲の代わりに、同じくグルック作曲の別の作品(バレエ音楽「ドン・ファン」より)を演奏する。雰囲気的に合う音楽をチョイス。

  • 神話とは違うハッピーエンドに違和感
    ギリシャ神話の吟遊詩人オルフェオが主人公。毒蛇に噛まれて死んだ妻エウリディーチェを取り戻すために冥府に行って、もう少しで達成できるところだったのだが「地上に戻るまで妻の顔を見るな」という条件を守れずに見てしまい、妻は永遠に死んでしまったのである。
    という話のはずなのに、あれれ?なぜかグルック作曲のストーリーでは、2度目の死という永遠の死を迎えたはずの妻が蘇って、ハッピーエンド!(笑)これも派手好きバロック時代の「おきまり」だったのだろう。

    今回の選択 → エウリディーチェは死んだまま。最後のハッピーな音楽は省略

 

演出家が「ペッパーズ・ゴースト」のテクニックを使った理由の1つは、ベルリオーズ版の上演にあたり、ベルリオーズの時代のものを取り入れたかったから。グルック作の初演は1762年。ベルリオーズ版は1859年。ジョン・ペッパーがディケンズ作品の芝居で「ペッパーズ・ゴースト」を使ったのは1862年。なるほど。

1862年か・・・ その時代にこのテクニックで「幽霊」を見たオーディエンスはさぞかし驚いただろうね。ひょっとしたら、その時代に上演されたシェイクスピアの「マクベス」ではバンクォーの亡霊が「ペッパーズ・ゴースト」で登場したのかな?ふふふ。観たいなぁ。

今回の上演で壁にかかっている(ように見える)ギリシャ神話のオルフェオとエウリディーチェの絵も同じくベルリオーズと同じ時代に描かれたものだそうだ。画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローの作品。

しつこいようだが、かかっているように見えるが、かかっているのではなく、床の絵が浮かんでいるのだ。リアル過ぎる。

 

ソリストの女性3人も熱演だが、合唱(ピションが率いる「ピグマリオン」)も力強くてカッコイイと思った。床に寝っ転がって歌っている人たち。

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