鑑賞メモ2020年|英国ウィグモア・ホールのコンサート動画配信 4 フランチェスコ・ピエモンテージ(ピアノ)

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動画が公開される30日間が過ぎたら記事を削除するという前提で書いているウィグモアホール鑑賞メモだが、記事1~3はすべて動画の公開期間が終了してしまった。記事は削除した。

当初のスケジュールとは別の日に演奏されたフランチェスコ・ピエモンテージのピアノ・リサイタルを、数日前にようやく鑑賞した。

公開期間は残り2週間ぐらいなので、すぐ記事を削除することになるのだが、わざわざ鑑賞メモを書こう。

ウィグモアホールのチャンネルで、なぜかこの動画が二重に投稿されているので、ひょっとしたら1つは無期公開するのかな・・・と淡い期待をしておく。


Francesco Piemontesi - Live from Wigmore Hall

www.music-szk.com

プログラムについて言及したい。

ラッヘンマン
シューベルトの主題による5つの変奏曲

シューベルト
ピアノ・ソナタ ト長調 D894

リスト
ピアノ・ソナタ ロ短調 S178

え?!と思うでしょ?!

ヘルムート・ラッヘンマンは1935年生まれの現代作曲家である。わたしが生演奏で聴いたことがあるのは歌曲のみ(びわ湖ホールで"GOT LOST"を聴いた!)。

だが、ピアノ曲についてはわたしの憧れのピアニストの1人であるヘルベルト・シュフのCDで知っている。そのシュフさんのCDでもラッヘンマンの「シューベルトの主題による5つの変奏曲」に続くのはシューベルトのピアノ・ソナタD894なのだ!!

シューベルトのピアノ作品は多数あるのに、なぜピエモンテージも同じ曲を選択したのだろう?!

ひょっとしたら、わたしが気付かなかっただけで、このラッヘンマンの作品の主題はD894から来ているのだろうか?!

そう思ってヘルベルト・シュフのCDの解説を読み直してみたのだが、ラッヘンマンが採用したシューベルトの主題は短いドイツ舞曲D643-1によるものだと書かれている。

謎は解決されなかった。

  • 偶然、2人とも、ラッヘンマンに続いて弾くシューベルト作品としてD894が相応しいと判断するに至った。
  • ピエモンテージがシュフのCDを参考に、同じシューベルト作品を選んで弾いた。
  • わたしが知らないだけで、やはりラッヘンマンの同曲はシューベルトのD894と繋がりがある。主題のベースではないが、何らかの繋がりが?

以上の3つのどれかだと思うのだが、誰か教えて下さい・・・

ご参考CD(ラッヘンマンの同曲に始まり、シューベルトのソナタ2曲が続き、ラッヘンマンのGUEROで締め括るヘルベルト・シュフのCDはオススメ。)
画像クリック→AmazonでCDをチェック

余談だが、このCDのリンクを用意する過程でヘルベルト・シュフの新譜CDを発見したので速攻注文した!!少々到着に時間がかかりそうだが楽しみだ!

 

ピエモンテージの話に戻ろう。

何はともあれ、ラッヘンマンのシューベルト変奏を演奏動画で観るのは初めてだったので新鮮だった。けっこうアスレチックな動きをしなければならないのか。個人的にちょっと弾いてみたい曲でもあったのだが、やはりスズキには無理そうだ。

続くD894は、わたしにとっては非常に中毒性の高い曲である。

前述のシュフのCDで知ってから、わたしは楽譜を買って弾くようになった。第2楽章と第3楽章はピアノレッスンでも見てもらった。でも、それは数年前のことだ。

しばらく忘れていたのに、ピエモンテージの演奏を聴いてから頭の中で延々と曲がリピートされてしまう状態に。全楽章が仕事中に頭の中でグルグル回っている。

後半にリストの大曲が演奏された。わたしの好きなロ短調なのに、なぜかわたしにとって全然身近ではない曲だ。曲の存在こそ知っているが、これまでほとんど聴いたことがない。そういえば楽譜だけ持ってるということを思い出して、楽譜を見ながらピエモンテージの演奏を聴いた。

こうしてシューベルトの大曲とリストの大曲を続けて聴くと、どうしても目に付いてしまうことがある。

技術的な難易度が高いのは言うまでもなくリストの曲である。それなのに、なぜかシューベルトの方が弾きにくそうに見える。リストの曲は高度なテクニックを要するのだが、見るからに動きが自然で無理がない(もちろんスキルの高いピアニストが弾いているからなのだが)。

ショパン、リスト、ラフマニノフなどのように作曲家本人が優れたピアニストでもある場合は、ピアノに相応しいピアノ曲を作曲すると言われている。すなわち、自然な指の動きでピアノの魅力を最大限活かした曲となる。リストの曲は楽譜を見ると気絶しそうなぐらい難しいが「理に適っている」のできちんと学べば案外弾きやすい・・・?とか、演奏効果が高いとか・・・

一方で、シューベルトの曲は楽譜を見るとシンプルで弾きやすそうに見えるが、実際に弾いてみると無理な指使いを強いられたり弾きにくいパッセージがあったり。なんとか踏ん張って弾きこなしてみても、ショパン、リスト、ラフマニノフほどの演奏効果(華麗さ、とか)は期待できない。それがシューベルトさんファンとしてはシューベルトの愛しいところでもあり、もどかしいところでもある。

プロの演奏を観ていても、そういうところを感じた。もちろんどちらの曲も魅力的によく弾けているのだが、どうしてもシンプルなシューベルトの方が弾きにくそうに、リストの超絶技巧の方が弾きやすそうに見えてしまう。しかも後者のほうがバツグンに華麗に見える。リストも好きではあるが、シューベルトLOVEな人間としては何とも複雑な気分である。

 

それで、もう1つスズキの疑問がある。

シューベルトとリストを同じプログラムで取り上げることについてどう思うか。

わたしの中ではシューベルトとリストは全然異なる作曲家である。

リストはシューベルト歌曲をピアノソロ用に編曲しているが、どれもシューベルトらしさが消えて華麗なリスト風の作品に変化してしまっている。リストの作品の中にはわたしが好きな曲も多いのだが、それでもシューベルト歌曲の編曲はあまり好きではない。

ピエモンテージにインタビューできるなら、シューベルトの大曲とリストの大曲を同時に演奏することの意図を訊きたい。後半プログラムはまったく別個のものとして用意したのか、あるいはシューベルトとリストに何らかの関係性を見出して、敢えて並べて演奏したのか。

再びヘルベルト・シュフの話をすることを許して欲しい。

2015年のオーストリアのシューベルティアーデで、シュフはオール・シューベルトのプログラム(わたしの最愛のD959を含む!)を弾いた後に、アンコールとしてリストの曲を弾いたのだった。

いかにそれがわたしにとってショックだったか、分かるかい?!

2時間たっぷりシューベルトを堪能した余韻に浸りたかったのに、よりによって「ラ・カンパネラ」を聴かされることになったスズキの衝撃・・・(笑)

渾身の演奏だった。ギラギラ青い炎が見えそうなぐらい。リストの鐘の音を受け止めなければならなかった、あのときの戸惑いを・・・(笑) 

なぜシューベルトの後にフランツ・リストを持ってくるのか。

今回のピエモンテージのプログラムで、その思い出が蘇ってきた。なぜ人々はシューベルトと一緒にリストを演奏するのか。その意図は何か。特に意味はないのか。誰か教えてください・・・

 

ピエモンテージが弾いたアンコールはリストの巡礼の年スイスから。リスト演奏の後、スイス出身のピエモンテージに相応しい選曲である。

 

上に貼ったベルリンフィルでの演奏のメモにも書いたが、わたしがピエモンテージに注目するようになったのは近年のこと。

YouTubeで検索すると、さらに前の映像が出てくる。鑑賞する時間がないのであまり再生していないが、サムネイル画像に写っているのは、あどけない学生のような雰囲気のピエモンテージの姿。

この数年でグッと落ち着いた雰囲気に変わったようだ。演奏家として(一人の人間としても?)着実に前に進んでいる。充実している。自信を持っている。そう感じる。

過去記事でも書いたかもしれないが、ますます今後に期待したい。

コロナ禍が続く中で、生演奏を聴く機会はほとんどなさそうだが、いつかピエモンテージの演奏を聴きに行けるといいなぁ。

 

 

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