もう11か月もコンサートに行っていない・・・わたしが日本のクラシック音楽界を好きになれないのは何故だろう

わたしはクラシック音楽コンサートの "元" 常連客。

コンサート通いが人生の重要な活動の1つだったのに、コロナ以降はすっかりオンライン鑑賞者となってしまった。オンラインで聴くのはほとんどが欧米で演奏された公演。日本の公演のオンライン公開は少ないので当然だろう。

たまに日本のオーケストラやホールの公演がネットで公開されるという情報を見つけても、プログラムや出演者を比べるとどうしても欧米のほうが魅力的であるため、あまり再生には至らない。

欧米の音楽団体の動画提供が増えたのは10年ぐらい前からだと思う。現時点で公開されている動画の数も多いので、ファンにとっては多くの選択肢があるのも魅力の1つ。

オンライン展開を模索する日本の音楽団体や演奏者たちは、ライバルは国内の同業者ではなく、世界の同業者であることを知っているのだろうか?ほんの少しアルファベットを検索ボックスに入力するだけで、誰でも海外の情報に辿り着ける時代なのだから。

欧米の団体と比べると日本はネットでの演奏提供が10年ぐらい遅れている。今から挽回するのは厳しい。

日本のクラシック音楽ファンはオンラインでも日本のオーケストラやオペラを中心に鑑賞してくれると思い込むのは甘い考えだと思うのだが・・・ 客は正直だ。魅力がある方に飛びつく。

コンサートに通っていた頃、わたしは東京を世界的な音楽都市だと思っていた。でも、結局のところ、ただ世界的な音楽家が次々と来日してくれたというだけだった。

東京はクラシック音楽の消費地ではあるけど、発信地ではない。欧米の団体なら、過去の映像や最近の映像をネットで公開すれば世界各国のクラシック音楽ファンがアクセスする。だから欧米はクラシック音楽の発信地と言える。

海外からの来日が極端に少なくなってしまった今、日本から発信されるクラシック音楽の映像に興味を持ってくれるのは日本人ぐらいだろう。でも、その日本人だって、どちらかというと欧米の映像を中心に楽しんでいる人が多いのではと個人的には思う。

それにしても、わたしが日本のクラシック音楽界を好きになれないのは何故だろう。

日本のクラシック音楽界が提供したいと思っていることと、わたしがクラシック音楽に求めていることが一致しないのだろう。わたしが変態・変人だからいけないのだろうか。まあ、そうなのだろう。変態・変人でゴメンなさい。

でも、コンサートなどの元常連客だった人間としては心苦しい状況でもある。日本国内の音楽団体やホールが消えてしまったら困る。演奏者にだって頑張って欲しい。

気分転換を兼ねて久し振りにコンサートに行こうと思ってスケジュールを調べることはあるのだが、「来場されるお客様へのお願い」などの新型コロナ感染防止対策を読むと、行く気が無くなってしまう。

つまり「どんな条件でも絶対行くぞ!」と思える魅力あるコンサートが全然ないのだ。海外からの来日が極端に減った今、何が何でも生演奏で聴きたいコンサートというのが本当になくなってしまった。悲しいことに。

一方で海外の映像なら有料でも観たいと思うものも多いし、実際に有料会員になったり、新たに素敵な演奏家を発見していろいろ調べているうちにCDを購入したり・・・ 

ああ、本当にあのような魅力的な演奏家たちが国内にいたら、わたしはこんなに深く落ち込まなくても済むのに。

演奏家の魅力とは?

無料で楽しめる音楽動画が溢れる時代だが、無料だからってみんなが観てくれるわけではない。一方、有料なのに欲しいと思う音楽もある。

演奏会を開いても、来てくれるのは家族と親戚と友達や師弟などという「プロ」の音楽家も多い。一方、何のご縁もない遠い外国のファンに愛される演奏者たちもいる。

魅力ある演奏家とそうではない演奏家の差は何なのだろう。

最近、わたしはそれをよく飲み物に例えて考える。

わたしが好きになる演奏家にはアルコールやカフェインのような中毒性がある。演奏者本人についてもっと詳細を知りたいと思わせてくれる。ワインなら産地や生産年、ブドウの種類、コーヒーならコーヒー豆の種類や煎り方など。明確な個性、自分の道、哲学というものを感じる。好きになる演奏家には磁石のような吸引力がある。

アルコールやカフェインほどの強い吸引力はないが、ハーブティーなどお茶のようなイメージを感じる演奏家もけっこう好き。葉の種類やブレンドについてもっと知りたいという気にさせる。

一方、わたしがそれほど強く興味を持たない演奏家については、オレンジジュースやアップルジュースに例えてみる。もちろんプロの音楽家なので上手い(ジュースなら「おいしい」)のだが、果実の種類まで知りたくなるほど興味が沸くわけではない。個性も自分の道や哲学もあるのだろうけど、それは演奏からはなかなか伝わらない。聴き手として特にそこまで知りたいという気にはならない。

アルコールやカフェインのようなタイプの演奏家というのは生まれつきなのだろうか、それとも育った環境や周囲の影響の結果なのだろうか。

ジュースタイプの演奏家が添加物を取り込んで無理して変身しようと努力すると、清涼飲料水や発泡酒になってしまうのでは?それなりにおいしいけどアルコールやカフェインのような中毒性や深さは感じない。

ワクチンの接種が始まっても、海外演奏家の来日は増えないだろう。もしワクチン接種が来日ビザの条件だったら、演奏家は超特急で開発されたワクチンを積極的に受けたいと思うだろうか?拒否する人も多いのでは?わたし自身、旅行はしたいが安全性がまだよく分かっていないワクチンを接種する気にはなれない。

この先も演奏家の来日が極端に少ない状態が続くと思われる。

一方で、国内の演奏家があっという間にわたし好みの演奏家に変身するとは思えない。

今後数年間、わたしはオンライン専門のクラシック音楽鑑賞者となってしまうのだろうか。ずっとコンサート通いをしていたのに。悲しい予想が現実になろうとしている。

ヴァーチャルリアリティ (VR) 技術の目覚ましい発展により、自宅にいながらヨーロッパのコンサートやオペラをリアルタイムで超リアルに楽しめるようになる日を待つしかないのだろうか?でも時差があるため、リアルタイムで楽しむのはやはり無理そうなのだが・・・

とほほ。何も希望を持てない。

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