Sahar El Layali というアラブ音楽の歌に惚れた(エジプト出身オペラ歌手ファトマ・サイードが凄い)

Warner ClassicsのYouTubeチャンネルで宣伝動画が出たとき、そのエキゾチックな名前から、民族音楽を歌う歌手なのだろうと思った。その後、北ドイツ放送のラジオインタビューで彼女がオペラ歌手であることを知った。

先週、そのエジプト出身のソプラノ歌手ファトマ・サイード Fatma Said のデビューCDが届いた。

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収録されているのはラヴェル、ファリャ、ベルリオーズ、ビゼーなどクラシック音楽の有名作曲家の東洋的な歌曲、ガルシア・ロルカ*編曲のスペイン民謡、初録音を含む珍しいクラシックの歌曲、それからアラブ世界で大人気のポピュラー音楽。

*スペイン内戦で銃殺された詩人・劇作家。

どこから突っ込んでいいか分からない魅惑の選曲。それに加えてどこから褒めればいいのか分からないレベルの高い音楽表現。

彼女の第一声はいきなり神秘的で物憂いな「アジー・・・」(アジアを意味する)という呟きで始まる。(ラヴェルの歌曲「シェヘラザード」の1曲目。詩人はトリスタン・クリングゾル?なんだそのいかにも偽名な詩人は!笑)

CDのクラシック曲についてはまた別の機会に語ることにして、まずは気に入ったアラブ音楽の歌について、調査結果を簡単にまとめておく。

気に入ったのは、こちらの曲である。どう?どう?どう思います?

 

Sahar El Layali (Kan Enna Tahoun)というアラブ音楽の歌について 

ファトマさんのYouTubeチャンネルより


Sahar El Layali (Kan Enna Tahoun)

どうだい?!気に入ったかい?!

CDに収録されているアラブ音楽は4曲で、いずれもアラブ世界では広く知られた名曲だそうだ。ところが、アラブ音楽に疎いわたしにとってはすべて初めて聴く曲。どれも素敵なのだが、北ドイツ放送のインタビューでも流れていたこの曲、Sahar El Layali (Kan Enna Tahoun) が特にわたしの好みにドンピシャリだった。

CDを買ったのは、収録されている曲(アラブ音楽に限らず全て)について解説が欲しかったからでもあるのだが、まあ、ある程度予想はしていたものの、解説らしい解説はブックレットには無かった。掲載されているのは収録した曲についてのファトマさんのインタビューと各曲の歌詞および対訳。曲についてもっと知りたい。誰が何のために作曲したの?背景は?詩の解釈は?

アラブ音楽に疎い・・・と書いたが、アラブ音楽は一応わたしの興味範囲の一部である。アラブの楽器や歌のライブ演奏を聴きに行ったこともある。

アラブの楽器ウードはクラシック音楽のリュートとよく似ているがリュートより古い。ウードはリュートのルーツである。楽器が繋がっているなら音楽だって繋がりがある。

わたしは複数のヨーロッパ言語に手を出しているが、アラビア語となるとまったく門外漢で、いつもの検索魔のような調べ方ができないのがもどかしい。ついにアラビア語まで手を出すのか?!いや遠慮しておく。

この歌の調査のヒントとなるのはCDブックレットに記載されている作曲家の名前だ。Elias Rahbani b. 1938 とある。エリアス・ラバーニという名で1938年生まれの作曲家を調べた。

エリアス・ラバーニ自身について分かったのはレバノン生まれの作曲家で自身のアンサンブルグループを率いて演奏した録音があることぐらい。

しかし、なんと、彼の周辺については驚くほど沢山情報が出てくる(笑)

エリアスには兄が2人いたのだが、兄2人は「ラバーニ・ブラザーズ」として絶大な人気を誇った音楽プロデューサーだったのだ。ラバーニ・ブラザーズが作曲した楽曲を歌ったカリスマ女性歌手ファイルーズ Fairuzはアラブ世界では知らない人などいないぐらい大スターである。

わたしが読んだのは主にウィキペディアなのだが、大スターであるが故、ファイルーズやラバーニ・ブラザーズは困難やトラブルや・・・まあ様々な事情を抱えていたことを知る。また、レバノンという国の状況も不安定だった。長い内戦や宗教対立。

歌手ファイルーズはラバーニ・ブラザーズの兄の方と結婚したのだが、1979年にファイルーズとラバーニ・ブラザーズはアーティストとしてもプライベートでも別々の道を行くことになったと書かれている。ラバーニ・ブラザーズはそれぞれ1986年、2009年に死去したが、ファイルーズは86歳の今も存命。

いろいろ読み漁ってみると、アラブ世界の複雑さが見えてくる。アラブと言われる地域はすべてがイスラム教の地域というわけではない。レバノンはウィキペディアによると40%がキリスト教徒。ファイルーズはシリア正教会で、結婚時にラバーニ・ブラザーズたちと同じ東方正教会に改宗したとある。どちらも正教会なので同じ系統かと思ったら、いわゆる「正教会」に分類されるのはブラザーズたちの宗派(アンティオキア総主教庁)であり、シリア正教会は「東方諸教会」に分類されるそうだ。ややこしい。

つまり、アラブ世界で絶大な人気を誇った作曲家と歌手はキリスト教に属する。宗教や宗派を超えて愛される音楽というのがアラブ世界に存在する。音楽だけであらゆる問題を解決できるわけではないのだが、少し希望を感じる。アラビア語で歌われる歌は広くアラブ世界に浸透していく。ウィキペディア(英語)によるとアラビア語人口はネイティブ3億1000万人で第2言語スピーカーは2億7000万人。すごいボリュームだ。(音楽で食べていきたい?!音楽を売り込みたい?!それならアラビア語で歌うとかどうですか?!)

話を戻そう。女性歌手ファイルーズと共に大人気だったラバーニ・ブラザーズは、わたしが気に入った曲Sahar El Layali を作曲家したエリアス・ラバーニの兄たち。エリアスは、兄たちとは年も離れており、ラバーニ・ブラザーズの一員ではなかったが、同じく作曲など音楽活動をしていたので、共同で何かを制作することもあったのでは?

それなら、もしかするとわたしが気に入った曲Sahar El Layali を歌ったのはファイルーズだったのでは?この曲がアラブ世界で愛されている有名な曲というなら、大スターのファイルーズが歌った可能性が高い。

YouTubeで調べてみると、ほらやはり、ファイルーズが歌うSahar El Layaliが出てきた。


Kan Endena Tahoun Sahar El Laialy

もともとファイルーズのために作曲されたのか、別の誰かのために作曲されたけど、ファイルーズも歌ったのか、わたしには分からない。おそらく「ファイルーズの曲」として知られているのだろう。

様々なミュージシャンがこの歌をカバーしている動画もたくさんあるようだ。やはりアラブ世界で大ヒットした歌らしい。

このファイルーズの動画の説明欄に「劇 Loulouより」とある。ウィキペディアで調べると、これはラバーニ・ブラザーズがプロデュースした1974年の音楽劇 "Loulou" のことらしい。Sahar El Layali は、そこで使われた歌の1つということだ。だいぶ謎が解けてきた。

ラバーニ・ブラザーズの兄の方は1972年に脳出血で一時期音楽活動が中断されていたのだが、その間、まだ十代だった息子が代わりに作曲したり、ブラザーズ2人の弟でこの曲の作曲者であるエリアス・ラバーニがオーケストレーションを担当したとウィキペディアに書かれている。そんな流れで、1974年の音楽劇でもエリアス・ラバーニが参加していたのだろう。

せっかくなのでファトマ版とファイルーズ版を聴き比べてみよう。ファトマさんはアラブ楽器奏者3名に加えてジャズピアニストとジャズベーシストを招いてCD録音したので、洒落たジャジーな音楽となっている。一方、ファイルーズ版は「楽しかった頃」を描いている中間部分がノリノリでいかにもポップスらしい。先にファトマ版を聴いていたので、このノリノリが新鮮でイイ感じ。

よし、曲についてだいぶ背景が分かってきた。

では次の段階に移る。

つまり、スズキも歌うぞ!あれれ?!

ガーーン!

ガーーーン!

ガーーーーーン!

CDブックレットの歌詞がアラビア文字ではないか!右から左に読むというルールぐらいしか知らないぞ。これでは歌えないよぉ(涙)

何のための歌詞ページだ。歌詞ページは歌うためにあるのではないのか?!対訳を3言語(英語、フランス語、ドイツ語)も載せる必要などない。対訳は英語だけでいいから、空いたスペースにアラビア語の歌詞をローマ字で表記してください・・・ ぐすん。

まあ、いいだろう。大ヒット曲なら、どこかにローマ字表記が転がっているはずだ。ほら、あった!


Fairuz - Ya Sahar El-Layali (Lebanese Arabic) Lyrics + Translation - فيروز - يا سهر الليالي

ふふふん。

これで歌を練習できるぞ!

歌詞の内容については、イマイチ分からない部分がある。翻訳はこの動画にも出ている。楽しかった昔を懐かしんでいる。泉のそばに水車小屋(あるいは粉ひき器)があって、おじいさんが穀物を脱穀して、人々は袋や台車を持っていて、楽しげに歌いまくっていて、素敵な夜だった・・・でも今は水車のところは静まり返っている。みたいな感じ。

深い内容を知るには音楽劇Loulouについて調べなければならないのだろうが、もうお手上げだ。

アラブの世界で「泉」「水車」「おじいさん」「夜」などは何を意味するのだろう。何か二重の意味があったりするのでは?(シェイクスピアみたいに?)

 

 

他のアラブ作曲家3人について

ファトマさんCDに収録されたアラブ音楽の歌はあと3曲ある。それぞれ作曲家について簡単に調べたのでメモしておく。

ああ、でも、そもそも、この記事に書いたような情報がCDブックレットに書かれていれば良かったのになぁ。自分でわざわざあちこち検索しまくらないといけないなんて。

結局のところ「雰囲気だけ楽しんで」というのが音楽界の意向なのだろう。クラシックもその他のジャンルも。背景や中身をある程度まで知っておきたい、そんな情報も音楽の一部だと考えるのは、変人で変態なワタシぐらいなのだろう。

  • Aatini Al Naya Wa Ghanni の作曲者 Najib Hankash (1904-1977)
    レバノンに生まれ、1920年代から1947年までは移民としてブラジルに暮らす。本国でもブラジルでも大スター音楽家だったそうだ。この曲はレバノン出身の詩人ハリール・ジブラーン(「預言者」が有名。20世紀のウィリアム・ブレイク*と言われている)の詩「木笛をくれ」の歌。木笛は当然ナーイ(ネイ)のこと。
    *イギリスの詩人・画家ウィリアム・ブレイク(1757-1827)と言えば、わたしの年初のロンドン旅の思い出の人物の1人である。ブレイクと言えばベンジャミン・ブリテン。ブリテンのブレイクと言えばタイガー、タイガー・・・♪

    アメリカ大陸に渡ったレバノン人たちの音楽について、UCLAの音楽民俗学の教授のインタビュー記事がある。Najib Hankashのところだけ読んだ。ご興味あればぜひ全体的に読んでみてね。

    afropop.org

    つまり、ファトマさんが選曲した4曲のアラブ音楽のうち、2曲がレバノン出身の音楽家による曲ということだ。アラブ世界において、レバノンは音楽の重要な中心地の一つなのだろう。

  • El Helwa Di の作曲家 Sayed Darwish (1892-1923)
    ダルヴィッシュ?どこかで聞いたことある名前だね。
    「エジプトのポピュラー音楽の父」とウィキペディアにある。若くして亡くなっているので気になったのだが、死因は英語ページにも載っていない。貧しい家庭に生まれたが音楽の才能があって、苦労の末、オペラ、オペレッタなどを手掛けるようになった。ミュージカル的なものかな?どうやらアラブ世界では劇などステージ作品の音楽が大人気らしい。ラバーニ・ブラザーズも大量にオペレッタを作曲していた。Sayed Darwishが作曲した歌の1つはエジプトの国歌になった(1979年から)。

  • Yamama Beida の作曲家 Dawood Hosni (1879-1937)
    エジプトのユダヤ系の家に生まれた。作曲とウード演奏を学び、アラブ音楽の曲を作曲。エジプト初のオペラ「サムソンとデリラ」も作曲したとウィキペディアに書かれている。他にも、やはり劇音楽を多く手掛けたようだ。エジプトの有名な女性歌手ウム・クルスームの師の一人でもある。

 

英国ロンドンのウィグモアホールでの歌曲リサイタル


Fatma Said & Joseph Middleton - Live from Wigmore Hall

つい先日、ファトマ・サイードはウィグモアホールで歌曲リサイタルを行った。発売されたCDの宣伝ではなく、CDにはまったく含まれていなかったドイツ歌曲に始まり、どっぷりクラシック音楽な流れ。でも、最後の方ではアメリカンな音楽で盛り上げて、なんともまあ全体的に再び驚いてしまった。

プログラムはモーツァルト、 クララ・シューマン、リスト、ブラームス、リヒャルト・シュトラウス、シューベルト、フォーレ、ドビュッシー、シベリウス、グリーク、バーンスタイン、クルト・ヴァイル。

何語で歌っても発音がくっきり明確で美しい。

可憐なお姫様でもいけるのに、激変して魔女にでもなれる演技力と器用さ。澄んだ高音のソプラノ歌手だけど、彼女の発する低音にビビったのはわたしだけではないはず。低音の音色が豊富で魅力的。ハスキーでもある。メゾソプラノやアルトの役もこなせると思う。

いきなり大げさかもしれないがオルトルート役だって出来そう。イェジババ役もどうだろう?ファトマさんに「チュルムリ・フック!」呪文をかけられたら、みんな魔法にかかるよね?(笑) ヴァルキューレのフリッカ役も検討していただきたい。エリザベート・クールマンのような歌いっぷりも可能だと思う。色っぽいのに、イヤらしくない、女性からみても好感度の高い魅力的な女性。

30日間限定のウィグモアホール動画は、週末または年末年始休暇の音楽鑑賞にどうぞ。

ピンポイントで聴きたいならクルト・ヴァイル作曲の「ユーカリ」1:03:39をどうぞ。カッコイイ!!!こんなソプラノ歌手!?

シューベルトの「スミレ」23:09も良かった。

 

ファトマさんの胸元で光るネックレスはアフリカ大陸の形の金プレート。CDブックレットに載ってるレコーディング中の写真でも身に付けていた。愛する地元を持っていることが羨ましい。

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