エッセイ|アントニーとクレオパトラ 1

今回も素晴らしき「死」について語りましょう。生きることなんてどうでもいいから。

日本人が、日本人のために、日本を舞台に、日本人を主人公にして書いた物語より、わたしにとってはシェイクスピアの方が何倍も面白い。

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第2弾は『アントニーとクレオパトラ』について取り上げる。シェイクスピア作品の中で男女カップルの名が作品名となっているのは3つ。一番若いカップルの作品は『ロミオとジュリエット』で、最も年齢が上のカップルの作品が『アントニーとクレオパトラ』である。

となると、大人のロマンチックな渋いストーリーをイメージするかもしれないが、ダメダメ・・・期待してはいけない。

アントニーとクレオパトラは、失礼な言い方かもしれないが、けっこう「バカップル」である。そのお陰で(?)、全体的に陰気な雰囲気だった『ハムレット』(スズキブログ「シェイクスピア 死の シーン」第1弾)とは異なり、『アントニーとクレオパトラ』は、死や戦闘が絡んでいるのに、明るい雰囲気を感じる作品なのだ。

今回もまたスズキが好きな死のシーンをマンガ風に描いてみた。

アントニーの死

配役
スズキ → アントニー
ウサギヒェン → イーロス

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どうですか?とっても泣けるシーンですね?

え?今回も意味不明? やっぱり?

では解説しよう。

物語の舞台はエジプト&ローマなのだが、詳細は各自必要に応じて調べていただければと思う。

物語の終盤、アントニーは、クレオパトラが自分を裏切って敵方と密かに組んだから戦いに負けたのだと勘違いして、クレオパトラを激しく罵った。ショックを受けたクレオパトラは、疑いを晴らすため、アントニーに「クレオパトラは自殺した」という偽の知らせを伝えた。その知らせを信じ切ったアントニーは、疑ったことを反省するとともに、クレオパトラの後を追って自分も死のうと思った。

だが、はっきりとは言わないものの、どうやら勇敢な武将であるはずのアントニーは自分で自分を斬るなんて恐くてできないらしい。ふふふ。(こら!笑うところではない!)

重要な側近のほとんどは既に逃亡していた。この時点で、引き続きアントニーの傍にいたのは、これまで目立たない存在だったイーロスだけ。何となくだが、若くて弱々しい人物のように思う。それでもアントニーを慕っているから、状況が悪化しても傍にいてくれたのだろう。そのイーロスに、アントニーは武将らしく(?)堂々と命令した。

「オレを殺せ」

アントニーの偉そうな外面と小心な内面が同時に見られる興味深い場面である。ある意味、滑稽でもある。ぷぷぷ。(こら!笑うな!)

かわいそうなのは、命令を受けてしまったイーロス。「できません」と断ったものの、アントニーは執拗に命令を押し付けてくる。耐えきれなくなったイーロスは、上のイラストのように自らの命を絶つことで命令から逃れるという道を選んだのだった。かわいそうに。

2人のやりとりを少しみてみよう。大まかにセリフをピックアップする。

イーロス:その高貴なお顔を見ながらなんて・・・せめて向こうを向いてください。

アントニー:うむ、わかった。

イーロス:剣を抜きました。

アントニー:よし、剣を抜いた目的を早く実行せよ。

イーロス:お別れのあいさつをさせてください。

アントニー:うん、オレからも、さようならだ。

イーロス:ご主人様、さようなら。やりますよ。

アントニー:やれ。

アントニーは向こうを向いていたので、イーロスが何をやろうとしているのか見ていなかったのだった。イーロスは抜いた剣をアントニーではなく自分に向けたのだった。人情厚いアントニーは、もしイーロスの意図に気付いていたら、止めただろうに。

悲しみに暮れながらアントニーはこう言った。

Thrice-nobler than myself!

「イーロス、おまえはオレより3倍も高貴だ!」という意味だ。それにしても、thriceが気になる。(え?そこ!?)Once, twice の次はthree timesであると我々は中学校で習う。しかし、シェイクスピアの頃は3回や3倍を意味するthriceという単語があった。しかも3と言う数字はシェイクスピア作品でもよく出てくる。3はマジックナンバーである。魔女はたいてい3人組で登場する。「すごく多い」「すごく大きい」などと言うときに「2倍」とか「数倍」というより「3倍」という言葉が使われることが多いようだ。むかし「3」が好きなお笑い芸人さんがいたが、それは理に適っているとスズキは思う。 3は文学において重要な数字である。たぶん。

アントニーは、自分でやるべきことを自分でやらずにイーロスにやらせようとしたせいでイーロスが死んでしまったこと、自分ができなかったことをイーロスがやってのけたことを踏まえて、次のように言った。

Thy master dies thy scholar 

「おまえの主人はおまえの弟子として死ぬぞ」という意味だ。死んでしまったイーロスはもう何も感じないのだろうけど、これを聴いたら嬉しく思ってくれただろう。尊敬する主人がこんなに褒めてくれたのだから。へりくだって、部下を師と仰いで「弟子入りするぞ」と言える武将というのは滅多にいない。マーク・アントニーの人柄は、彼の魅力の大きな部分だったのだろう。

こうして死を決意してアントニーも剣を自分に突き刺すのだが、さらに悲劇が起きた。刺したのに死ねない!!ぷぷぷ。(こら!笑うところではない!)

最初に観たイギリスのナショナル・シアターの『アントニーとクレオパトラ』では、腹を斬って倒れこんだアントニーが暫くしてからボソっと呟いた。

How! not dead? not dead? 

「あれ?死んでない・・・」お客さんもクスクス。まるでコントではないか。

物音を聴いて駆け付けた警備係にアントニーは「オレを愛している者はオレが始めたことを終わらせてくれ!」(つまり死にきれなかったオレを死なせてくれ)と、またまた武将らしくないカッコよくないセリフを言う。警備たちは「えええ!いやだよ」と拒否。

さて、この not dead? は完全に笑う場面だとわたしは思っていたのだが、その後に観たカナダのストラットフォード・フェスティバルの演出では違った。自分に剣を刺したアントニーは、さらに力を込めてもう1度グググと深く剣を突き刺したのだが、それでも死ねなかったのだった。Not deadは呟きではなく、絶望の叫びだった。壮絶な場面に笑いの要素はない。お客さんは沈黙して見守った。この場面をそのように描くことも可能であると知った。

 

余談だが、「クレオパトラは自死した」とアントニーに知らせを持ってきたのは、クレオパトラの臣下の一人、マーディアンという男。マーディアンは eunuch である。さて、この単語を皆さんはご存じだろうか。発音は「ユナック」という感じ。日本語では「宦官」(かんがん)というのだが、それでもまだ、わたしには何のことか全然分からない。調べてみた。「宦官」とは去勢された使用人や官僚などのこと。バロック時代のカストラート歌手のように歌を歌うこともあったとか。

ナショナル・シアターでのマーディアン役については覚えていないが、ストラットフォードのマーディアンは妖艶な雰囲気のマーディアンだった。作品の特別公開に合わせてリモートストリーミングされたラウンドテーブルトークでは、マーディアン役の役者が「Fabulousなユナックのマーディアン役でした」と自己紹介していたのが印象にのこっている。なるほど確かに彼はfabulousだった。あれ?でもこの人どこか他でも見たことあると思ったら、なんと『ロミオとジュリエット』のロミオ役ではないか。ガラリと印象の違う役だ。

クレオパトラは退屈するとすぐマーディアンをからかって遊ぼうとする。「おまえにも欲情はあるのかい?」とか。(失礼な女ですね。。。)

そのマーディアンが、クレオパトラの要望に応じてpitifullyに(哀れみを込めて)アントニーにクレオパトラの死を伝えたとき、なぜアントニーは即座にそれを信じたのか?冗談だと思わなかったのか?マーディアンの演技がうますぎたから?

理由はこうだろう。なぜなら、アントニーとクレオパトラは敵との戦いに負けたので、どっちにしても死は選択肢の(たぶん最も可能性の高い)1つだった。死ぬか、敵に命乞いして相手の地で晒し者にされて死にそうに惨めな状況に耐えるか、どちらかしかなかった。

アントニーが死にきれずに床で倒れていたとき、マーディアンは戻ってきて、クレオパトラは生きていると言った。アントニーはクレオパトラのところに自分を連れて行ってくれと頼む。

クレオパトラに別れを告げる瀕死のアントニーは実はそれなりにカッコ良かった。まず、彼はクレオパトラに自分の後を追って死んでくれなどとは言わなかった。状況的にほとんど不可能であることは分かっていただろうけど、それでも僅かな可能性にかけてクレオパトラに生き続けて欲しいとアントニーは願っていた。クレオパトラの身の安全と名誉を守ってもらえるように敵にお願いしろと言った。(その2つは両立しないとクレオパトラは即答したけど。)

それから、敵方で信頼できる唯一の人物の名前をクレオパトラに告げた。死の目前なのに冷静な助言だ。まるで、いつか、こういう事態になったときのために、頼れる人物の名前をあらかじめ用意していたような対応だ。

そして更に、こんな死にかけた無残な自分の姿ではなく、2人で過ごした楽しかったときを想って生きて行って欲しいと言った。ぐすん。アントニーはなかなか泣けることを仰る。次の記事で述べるが、敵方のオクテイヴィアス・シーザーの冷たさとは大違いだ。

細かい部分はシェイクスピアの創造かもしれないが、一応史実としても、クレオパトラが死んだという誤報を受けてアントニーが自殺を図り、死に至ったと言われている。

 

クレオパトラの死 

さて、アントニーを失ったクレオパトラもアントニーを追って自らの命を絶ってしまう。クレオパトラの「死のシーン」は絵画などでも有名である。毒蛇に自分の体を噛ませて死んだとされる。

シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』では、支離滅裂な話をする怪しげな人物が「いちじくの壺」を持ってやってくる。それはクレオパトラが手配していた「毒蛇の壺」だった。生きたままクレオパトラを連れ帰って晒し者にしたかった敵方はクレオパトラが自死しないように監視している。怪しまれないように毒蛇を手に入れるために「いちじくの壺」を持ってこさせたのだった。

「いちじく」はシェイクスピアの作品でたまに見かけるのだが、これも別の意味を持つらしい。この壺の場面ではよく分からないが、他の場面では基本的に卑猥な意味である。

 

イギリスのナショナル・シアターが5月に期間限定で公開した『アントニーとクレオパトラ』


Official Trailer | Antony & Cleopatra w/ Ralph Fiennes and Sophie Okonedo | National Theatre at Home


Act 1 Scene 3 Antony & Cleopatra | ‘Eternity was in our lips and eyes’ | National Theatre at Home

エジプトのシーンはまるでリゾート地。アントニーやイノバーバスはアロハシャツみたいなラフな格好。クレオパトラたち女性陣の衣装がかわいい。

ところでアントニー役のRalph Fiennesの名前を読めるかい?アホなわたしは最初、ラルフ・フィンズと発音すると思っていたのだが、発音はレイフ・ファインズだった・・・あれ?見たことある名前だ。 『シンドラーのリスト』など有名な映画に出ていた俳優だ。最近ではハリー・ポッターの敵方ボスを演じていたらしい(知らないけど)。

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わたしが読んだ「アントニーとクレオパトラ」英語版 電子書籍
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電子書籍で読んだ日本語訳
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電子書籍は無いがオススメしたい日本語訳
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