エッセイ|アントニーとクレオパトラ 2

今回も素晴らしき「死」について語りましょう。生きることなんてどうでもいいから。

日本人が、日本人のために、日本を舞台に、日本人を主人公にして書いた物語より、わたしにとってはシェイクスピアの方が何倍も面白い。

f:id:music-szk:20200816152721j:plain

f:id:music-szk:20201003183200j:plain

www.music-szk.com

 

「死のシーン」の前にアントニーとクレオパトラの素敵な(?)バカップルぶりを一部ご紹介するので少し和んでいただければと思う。

  • アントニー女装疑惑!クレオパトラの服を着てた? 

第1幕第2場で違和感があるセリフがあった。

「あ!アントニーが来た」

「いや、違う。クレオパトラだ」

なぜイノバーバスは2人を見間違えたのか?似ているはずはないのに。

これについて、ウィキペディア(英語)に面白いことが書いてあった。シェイクスピア作品の研究者たちは、シェイクスピア時代、冒頭のシーンはアントニーがクレオパトラの衣装を着て、クレオパトラはアントニーの衣装を着て登場したのではないかと推測している。(後に読んだ松岡和子さんの訳でも確かこの件について訳注があった。)

また、別のシーンではクレオパトラが「アントニーにわたしの服を着せて、わたしはアントニーの剣を腰に下げて・・・」と2人の思い出を語っていた。2人はよく服を交換して遊んでいたようだ。 

愛し合う2人にとっては楽しい遊びかもしれないが、武将アントニーを慕って付いてきた兵士たちがこんな様子を見てどう思ったか想像してみよう。士気は下がり、バカらしく思えてきたに違いない。以下のエピソード全てについても同様。

  • クレオパトラはローマに行ったアントニーに毎日使者を送る

政的な事情でローマに戻ったアントニーに、クレオパトラはエジプトのアレクサンドリアから毎日使者を送ったらしい。ローマは遠い。距離があるので、毎日使者を送るというのは異様である。

使者の1人、アレクサスはローマからエジプトに戻るまでに20人もの使者とすれ違ったという。そこまでしてアントニーの様子を知りたいというクレオパトラの純粋な愛かもしれないが、そこまでしてアントニーが他の女のところに行かないか監視したいという激しい愛とも言える。

アレクサスはアントニーの様子について「暗くも明るくもなかった」と報告したのだが、クレオパトラは自分なりに無理やり超ポジティブにそれを解釈した。「きっと部下の前で暗くなるわけにはいかないからでしょう。一方でエジプトに想いを残してきているから明るくもなれない。その中間の様子なのね!どっちでもよく似合うわ!」

よく分からない褒め方である。

そういえば、アントニーも似たようなことをクレオパトラに言っていた。 「おまえは怒っていても何をしてもよく似合う」とか。

要するにお互い好きでどうしようもないのね。

  • アントニーの政略結婚を報告した使者をクレオパトラが殴る 

勢力を強めていたポンペイウス(大ポンペイウスの息子、小ポンペイウスの弟)に対抗するため、ローマのアントニーたち3人は不仲を乗り越えて結束しなければならない。そこでアントニーはオクテイヴィアス・シーザーの姉オクテイヴィアと結婚することになった。

それを知ったクレオパトラは発狂して、知らせを持ってきた使者をぶん殴った。「情報を伝えただけの使者に罪はない」と周囲が止めるのも聞かずに。

f:id:music-szk:20201004093513j:plain

  • 戦場から逃げ出したクレオパトラに怒りまくっていたアントニーだったが、クレオパトラが泣き出すとキスで怒りを帳消しに。

もう1度言うが、命がけで戦っていた兵士たちはこれを見て唖然としたことだろう。ついに真剣な戦いの場に個人的なラブラブモードを持ち込んできた大将アントニー。部下たちがアントニーを見限って敵方に逃げるのも仕方ない。

クレオパトラが逃げ出した状況はこうだ。海戦でアントニーもクレオパトラもそれぞれ船に乗って戦っていたのだが、恐くなったクレオパトラは船を退陣させた。それをみたアントニーは、なんとクレオパトラの後を追って自分も退陣してしまったのだ。兵士たちに、敵に背中を見せて逃げる姿を見せてしまった大将など、戦いの世界では大恥ものだ。ましてや、「女を追いかけて」なんて。

「まさかあなたまで一緒に来るとは思わなかった」というクレオパトラの言い分の方が理解の範囲内だろう。

そんな場面の締め括りが、もう泣くなと慰めながらアントニーが言うセリフ give me a kiss。特にト書きは無いがクレオパトラは言われた通りにキスする。アントニーは even this repays meと言う。「ほら、これで償いさ」ええええ?!マジですか?兵士たちの開いた口が塞がらない・・・(もちろん笑うところ!コメディだ!)

  • 敵方から来た使者がクレオパトラの手に口づけする様子を見たアントニー、使者の鞭打ちを命じる。

アントニーはクレオパトラが男を変えるのではないかと心配している。すなわち、アントニーから敵方の大将オクテイヴィアス・シーザーに乗り換えるかもしれないと。クレオパトラに一瞬そんな気持ちがあったかどうかは、わたしには分からない。

アントニーが疑うのも仕方ない。クレオパトラの相手はいつだって政治界の大物ばかりだった。若かった頃は、ジュリアス・シーザーと愛人関係だった。その後は小ポンペイウス(本作に登場するポンペイウスの兄)。そしてアントニー。次の相手はオクテイヴィアス・シーザーという可能性だって有り得る。

アントニーはクレオパトラを疑って怒り「オレは(政略結婚した)妻のローマの家のベッドを1度も使っていない」と言っているが、これはウソである。史実では、アントニーは妻オクテイヴィアとの間に子供を設けている。 

クレオパトラの手に口づけした敵方の使者は、かわいそうに激しく鞭打たれてボロボロの姿で敵方に返された。アントニーは部下1人ひとりの労をねぎらう思いやりのある人物ではあるが、敵に対して暴力的になる面もある。クレオパトラを疑って罵ることもある。平和な好々爺ではない。

 

 

シャーミアンとアイラスの死

f:id:music-szk:20200912132044j:plain

シャーミアンとアイラスはクレオパトラの侍女である。

「死のシーン」というテーマに関連して、まずシャーミアンよりアイラスについて触れよう。シェイクスピア作品の中でもミステリアスな死だ。無事、毒蛇の入った壺を受け取ったクレオパトラは死ぬ直前に、ずっとお世話してくれた侍女2人にお別れのキスをした。それだけで、なぜかアイラスは突然死してしまったのだ!

「ええ!?なんでぇ?!あたしの唇に蛇の毒が付いていたのかしら~?」とクレオパトラも驚いた。

一瞬であっという間に死んでしまったアイラス。「死なんて、そんな簡単なものなのね」とクレオパトラは言う。さらに、(原文の解釈にもよるが)クレオパトラはしょうもない心配をしている。アイラスが自分より先にあの世のアントニーと会って、アントニーがアイラスのことを好きになってしまったらどうしよう、という心配だ。

それにしても、謎を解く手がかりもない、この不可解なアイラスの死は何を意味するのだろう?それとも、特に意味はないのか?クレオパトラの口にアレルギー物質が付着していて、アイラスはアナフラキーショックで死んだとか? 

そして、もう1人の侍女シャーミアンは、クレオパトラの死を見届けてから、同じように毒蛇に自分を噛ませて死んだ。

シャーミアンという人物も物語を彩る面白い子だ。実在のシャーミアンは、クレオパトラの身の回りの世話をするだけではなく、政治面でもサポートする立場にあったという説もある。

シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』では、シャーミアンは女王であるクレオパトラに冗談を言うこともできる人物となっている。上下関係はあるけど、友達同士のような雰囲気を感じる。

例えば、ローマに使いをやってアントニーの様子を逐次報告させていたクレオパトラは自身のアントニーへの愛の大きさを強調したくて「(過去の恋人である)シーザー(ジュリアス)のときは、わたしはシーザーをそこまで愛したかしら?」と言っている。そこでシャーミアンは「偉大なるシーザー!」と茶々を入れる。イラっとしたクレオパトラは「偉大なるアントニーと言ってよ!」と命じるのだが、シャーミアンは調子に乗って「偉大なるシーザー!」と繰り返す。クレオパトラに脅されてもシャーミアンは気にしない。シャーミアンはそんなキャラクター。

そう、ぜひとも活用したい言葉があった。シーザーを愛した若かったころを思い出したクレオパトラは「わたしのサラダデイ」と、若かりし頃の苦々しい日々を懐かしんでいる。salad days とは、青春時代、サラダのように青々としていた時代、若くてまだ無知だった頃を指す。シェイクスピア作品のセリフの中で、一般的に使われるようになった多くの有名な言葉の1つだろう。これからわたしも青春時代の話をするときは「わたしのサラダDay」と称して語ろうか。ん?そういえばわたしにサラダDayなど一瞬も無かったな・・・(スズキは20歳のときに既に精神年齢60歳だったので。)

クレオパトラとシャーミアンの関係の話に戻ろう。

こんなこともあった。アントニーが結婚したことを知らされた傷心のクレオパトラはシャーミアンに「あたしを憐れんで~(涙)」と泣きついた。

それから、アントニーに酷く怒られたクレオパトラに「女王様は自殺したという偽の知らせをアントニーに伝えよう」という提案をしたのはシャーミアンだった。うーん。実はキーパーソンか?何か企んでいた?いや、考えすぎか?

第1幕ではシャーミアンは占い師に占ってもらっている。ふつうの女の子みたいにキャーキャー騒ぎながら、時の大物権力者との結婚願望を語ったりしていた。

 

ん?何だい?

上のイラスト内に、やる気のないヤツがいるって?

与えられたサングラスを掛けるのは諦めて、ワンピース用に支給された生地は敷物にしてしまった?

いいのだ。人間は寛容であるべきだ。人には人の事情がある。めんどりのマダム・シャンティクリアは卵を温めているかもしれない。そっと見守ろう。敷物として気に入ってくれたならそれでいいではないか。

ちなみにイラストの生地はヘビ皮をイメージしたプリント生地である。『アントニーとクレオパトラ』にはナイル川の蛇の話がたびたび出てくる。 

 

イノバーバスの死

 イノバーバスはアントニーの腹心。酒宴で歌い踊ったり陽気な男だ。人脈も広く、敵方の人間の間でもイノバーバスは実力者として知名度があり、知り合いもいる。世渡り上手な人間という印象。それから、シェイクスピア作品では毎度1人や2人ぐらい「下ネタ担当」みたいな人物が登場するが、本作においてはその役はイノバーバスが担当していると言っても良いだろう。(え?違う?)

つまり、彼は最も自殺しなさそうな人だった。それなのに自ら死を選んでしまった。それが、イノバーバスの死のシーンの悲しいところ だ。

あるとき、アントニーは「ドミーシアス」とイノバーバスをファーストネームで呼んだ。(わたしは誰だろうと思って人物表を調べ直してみたのだが、イノバーバスのことだった。)長年自分に仕えているイノバーバスを親しみを込めてそう呼んだのだろう。

その腹心イノバーバスが、物語の終盤、あの海戦の後に、オクテイヴィアス・シーザー側に寝返った。何も言わず、荷物を置いたままイノバーバスは敵陣に出向いた。

アントニーはショックだったが、イノバーバスが置いていった荷物にさらに品々を追加して、激励の手紙まで付けて、使いの者に頼んでイノバーバスに届けさせた。

敵に寝返ったイノバーバスは憂鬱だった。先に寝返った者のうち、1人は手柄を土産に寝返ったのに、出しゃばり過ぎと見られて処刑されていた。他の寝返りたちはポジションには就いているが、良い扱いは受けていないようだ。あの明るかったイノバーバスが落ち込み気味のところに、アントニーからの荷物が届いた。アントニーの優しさと心遣いを受け取ったイノバーバスは、アントニーを捨てたことを後悔して泣いた。「自分に相応しい汚いドブで人生を終わらす」と言って、夜のドブで自害して果てた。『アントニーとクレオパトラ』の「死のシーン」の中で最も寂しい「死のシーン」だった。

ところで、敵陣にも知り合いがいた顔の広いイノバーバス。その1人は、オクテイヴィアス・シーザーの臣下の1人、アグリッパだ。アグリッパは、aで終わる名前だが女性ではなく男性である。だがしかし、シェイクスピア劇では、以前説明した通り、男性ばかり登場するので、特に流れ的に差し支えなければ男性役を女性が演じることもある。

ナショナル・シアターの『アントニーとクレオパトラ』では、女性の役者がアグリッパを演じていた。すると、ローマでの会合が終わったあとのアグリッパとイノバーバスの会話が、別の意味を持った会話に聴こえてしまうのだ。エジプトから久しぶりにローマに来たイノバーバスに、アグリッパは「ローマ滞在中、よろしければ私のうちに泊まってくれ」と言ったのだが、それを女性の役者が少し恥ずかしそうに言ったので、え?そういう関係?という雰囲気に(笑) 少なくともナショナル・シアターの演出では、イノバーバスはモテ男として描かれていたように思う。アグリッパの件だけでなく、エジプトでもアントニーと共に行動することで「おこぼれ」を楽しんでいたような?

アグリッパというと、オペラファンはヘンデル作曲『アグリッピーナ』を思い出すのでは?アグリッピーナ(暴君ネロの母)は、アグリッパの孫に当たる。

実在のアグリッパは体力も知力もある軍人としてオクテイヴィアス・シーザーに重宝された。そのオクテイヴィアス・シーザーは虚弱体質だったと言われる。酒宴には1番最後にやって来て、1番先に帰る人だったという。虚弱体質だからこそ、無理をしないように気を使っていた。体力が必要な場面ではアグリッパのような強力な部下を使った。

シェイクスピア作品でもオクテイヴィアスは神経質な男として描かれている。豪快で明るいアントニーとは正反対の人間で、その対比も面白い。前述の通り、政略結婚によりアントニーとオクテイヴィアスは一時期、義理の兄弟だったのだが、酔っぱらって抱き着いてくる義兄アントニーに対し、義弟オクテイヴィアスは完全に嫌そうな態度を取っている。ぷぷぷ。

以上の通り、オクテイヴィアス・シーザーは虚弱体質だったが、体調に気を配り、アグリッパのような頑強な軍人に頼ることで、意外と長生きして、初代ローマ皇帝アウグストゥスとなった。(スズキはシェイクスピアのお陰でローマ史が少し分かるようになった!)

アントニーと戦っていた当時、オクテイヴィアスはまだ若者だった。彼をアントニーは子供扱いして罵った。例えばboyと言ったり、「ひげも生え揃わぬ」(scattered beard) 若者という表現を使ったり。一方、オクテイヴィアスはアントニーを中年というか老人のように扱っている。アントニーにも自覚はある。この「白髪交じりのアタマ」(grizzle head)と自分で言っている。

オクテイヴィアスを演じるのは比較的若くて神経質そうな雰囲気の役者である。ナショナル・シアターのオクテイヴィアスは特に、そんな雰囲気だった。ストラットフォードも同様。ストラットフォードのオクテイヴィアスは、姉オクテイヴィア(アントニーと政略結婚させられた)との内緒の関係(?)を思わせるような場面もあった。特に驚かなかった。禁断の・・・みたいな演出も十分有り得る。想定内だ。

そんなオクテイヴィアスだったが、アントニーの死を知らされたときは、想定していたこととは言え、さすがに何か感じるものがあったらしい。「兄であり、ライバルであり、同僚であり、友、仲間であった・・・」とアントニーのことを言った。クレオパトラの死を知ったときは、クレオパトラをアントニーの隣に埋葬するように指示した。冷静で神経質な若者オクテイヴィアスが見せた人間味のある対応だ。

 

カナダのストラットフォード・フェスティバルが期間限定で公開した『アントニーとクレオパトラ』のトレイラー


Antony and Cleopatra - Stratford Festival on Film

 

・・・・・・・・・・・・・・・・ 

死の話ばかりで気を悪くしてしまったかもしれないが、それがこの連載のテーマなのだから許して欲しい。それに、シェイクスピア作品に出てくる「死のシーン」はどれも印象的だから語る価値がある。

「死のシーン」以外にも面白いエピソードは沢山あったのだが、それは作品を通してあなた自身が発見するのが良いだろう。

締めくくりとして、良い話を付け加えよう。アントニーと政略結婚させられた女オクテイヴィア(オクテイヴィアスの姉)は、徳のある女性として歴史に名を残している。彼女は、アントニーの死後、自分の子供たちだけでなく、アントニーの前妻の子や、アントニーとクレオパトラの間に生まれた子を引き取って育てた。

結局アントニーはクレオパトラに夢中だったのだが、ほんの少しでもオクテイヴィアのことを特別に想ってくれていただろうか?運命の女クレオパトラほどではないにしても。あの人情厚いアントニーなら。 

 

わたしが読んだ「アントニーとクレオパトラ」英語版 電子書籍
99円  表紙クリック→Amazon

電子書籍で読んだ日本語訳
表紙クリック→Amazon

電子書籍は無いがオススメしたい日本語訳
表紙クリック→Amazon

www.music-szk.com

f:id:music-szk:20201003183200j:plain

f:id:music-szk:20200816152721j:plain

Copyright © Ongakuzukino Suzuki 2020. All rights reserved.