エッセイ|ハムレット 3

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『ハムレット』では、個性豊かな登場人物が、お客さんの前で、バラエティ豊かな死のシーンを繰り広げる。どのような場面なのか、気になって仕方ない皆さまのため、死亡調査レポートを作成した。ご覧いただければと思う。

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では、前回に続き、1人ずつ死の瞬間とそこに至るまで、その後などについて考察しよう。

 

オフィーリア(ハムレットの元恋人、ポローニアスの娘)

ハムレットの「元」恋人だったと、わたしは捉えている。この芝居の中には、2人が愛し合っているということを示す場面は無かったはず。それは過去の話。何しろ、2人が初めて一緒に登場する場面で、ハムレットは「おまえなんか尼寺へ行け」と罵っている。

しかし、本当のところは、どうだろう。

カナダのストラットフォードの演出では、2人はその「尼寺へ行け」の場が始まるときは、まるで地獄の中で奇跡的に再会したかのように熱く抱き合っていたのだった。その瞬間までは、今まで通りの2人だったのかもしれない。ひょっとしたらハムレットは「この前は狂人のふりしてゴメンね、実は・・・」と少しオフィーリアに事情を明かすつもりだったのか?

ところがハムレットはその直後に違和感を覚える。オフィーリアは「もらったものを返す」と言うし、近くに誰かが隠れているような気配を感じたかもしれない。(実際、王とポローニアスが隠れて見張っていた。)愛するオフィーリアまでもが王たちの支配下にいるということに感づいたハムレットは、オフィーリアの前で本心を出すことなく、気違いのふりを続けるしかなかった。そういう解釈もできる。こうしてハムレットが信頼できるのは、王たちの影響を受けていないホレイショーだけとなった。そういうことかもしれない。

「尼寺」は娼館という意味もあったという。ハムレットがオフィーリアに伝えたかったのは、世俗を離れて静かに暮らせという意味か、娼婦にでもなれという意味か、意見が分かれるところだ。わたしは、どちらでもなく、ただの口から出まかせだと思うのだが。

ハムレットがうっかり殺してしまったポローニアスはオフィーリアの父。事件を隠したい王はポローニアスを秘密裏に埋葬したので、世間はハムレットのやらかしたことを知らない。父の死を知って留学先のフランスから帰国したオフィーリアの兄だって帰国時点では父の死の状況を知らなかった。

では、オフィーリアは知っていたのだろうか?父を殺したのがハムレットだったということを。

「尼寺に行け」の場面で、オフィーリアはショックを受けて泣いていたが、その後の場面では気丈にふるまっていた。しかし、父の死を受けて、今まで溜まっていたものが一気に爆発したのだろう。気が狂って意味不明な歌を歌い、川の上の木の枝に花環を置こうとして、枝が折れて川に溺れて死んだ。

スズキ作 オフィーリアの死のニセモノ
(インスパイヤード バイ ミレーの「オフィーリアの死」)

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オフィーリアの墓を掘っていた墓堀り男は、脇役ながら一部の人間に人気らしい。それでも、彼のおしゃべりの前半は省略されることが多い。グローブ座の動画で、それを残念がるコメントが1つあった。

墓堀り男の話の内容は、オフィーリアの死に関する不審な点に始まる。内容を簡単に言えば「この女は事故死かもしれないが、どう考えても自殺に近い。それなのに、墓を用意して、ある程度きちんと埋葬するなんて、自分らと違って身分の高い人には甘いよな。」という愚痴である。さらに彼は例え話をする。「たとえば、ここに人がいるだろ。そしてここに水があるだろ。水のほうが人に近づいていったなら、それは事故だな。人の方が自ら水に近づいて行ったなら、それは事故ではないだろ。」という具合に。

そこに、イングランド行きの船から飛び出したハムレットが、ホレイショーと共に通りがかる。誰の墓を掘っているのかも知らずに、ハムレットは、墓堀り男と会話する。たまたま墓堀り男が掘り出した頭蓋骨は、ハムレットが子供の頃にかわいがってくれた王室付きの道化ヨリックのものだった。その頭蓋骨を手に物思いに耽るハムレットの図は、『ハムレット』の中でも有名な場面で、よく本やオーディオブックなどの表紙に描かれている。

ところで、ハムレットの年齢は30ぐらいという説、どう思うかい?

「いつから墓堀りやっているんだ?」とハムレットは墓堀り男に聞いた。彼は話している相手が王子ハムレットとは知らずに「ハムレット様がお生まれになった日からだよ」と答える。そしてしばらく会話した後に「子供のころから30年この仕事をやっている」と言う。なので、ハムレットの年は30歳と言われている。

頭蓋骨となった道化ヨリックが埋められたのは、23年前だそうだ。ヨリックがいつまで道化としてお勤めをしていたのかは不明だが、ハムレットが5~6歳ごろの記憶を思い出して懐かしむのであれば、なるほど、ハムレット30歳説と辻褄が合う。

物語の中で何度も「若い」と言われているハムレットが30歳。「若い」でいいのか?30歳をとっくに超えたわたしから見れば30歳は確かに若いのだが、舞台は中世ヨーロッパ。十代の早いうちに結婚することも珍しくなかった時代なのに、30歳の男を若いと言うのだろうか。あくまで王や老ポローニアスから見れば若いというだけなのか。一方で、人生に悩むハムレットは青春真っただ中の人というイメージがあるのも確か。

そして、どうしても気になるから誰かに言いたいことが、もう1つある(たぶん誰も面白がってくれない・・・)。墓堀り男がヨリックの頭蓋骨について、「この頭蓋骨は23年前に埋められた」と言う部分をご覧いただきたい。

this skull hath lain in the earth three-and-twenty years. 

ふふふ。ここでニヤっとしたなら、あなたもドイツ語学習者でしょ!?シェイクスピアの他の作品でもときどき見かける、一の位が先にくる数字の表記は、ドイツ語で通常使われる表記と同じなのだ。three-and-twentyは、現代英語ならtwenty three 、ドイツ語ならdreiundzwanzigとなる。ドイツ語を分解するとdrei-und-zwanzigなのでthree-and-twentyとまったく同じ組み方である。面白いねぇ。え?面白くない?

さらに、シェイクスピア作品には、数字を20ずつ数える表記もある。たとえばfourscore (four + score) は80である。フランス語みたいだ。60はthreescore (three + score)なのでフランス語とは違う。70はthreescore and tenとなる。一体イギリスではいつ頃までこのような数字を使っていたのだろうか。ご存じの方がいれば教えていただきたい。

 

グローブ座の『ハムレット』を観ていたら、スラリ長身で穏やかな笑顔の男性がグレーのロングドレスを着ていた。ん?もしかして?と思ったら、やはり「彼」がオフィーリアだった。そして、オフィーリアの兄で剣の達人レアティーズを演じたのは、小柄で元気いっぱいの女性役者だった。『ハムレット』初鑑賞で、こんなインパクトある配役を楽しんでしまったので、これがわたしのデフォルトになってしまった。オフィーリアというと、あの美しき男性役者を思い出す。きっとこれからずっと『ハムレット』を観るたびに、彼やハムレットを演じた女優などを思い出すのだろう。こうしてスズキは最初から刺激の強いものと出会ってしまった。

 

ガートルード(ハムレットの母、先代王の妻だったが新王と再婚)

ここからは息絶えた順にした。もし致命傷等を負った順なら、ガートルード→ハムレット→レアティーズ→クローディアスとなるだろう。

 

ハムレットの母は、ハムレット暗殺用に王クローディアスが用意した毒ワインを、それと知らずに飲んで死亡した。剣の試合中のハムレットの勝利を祈って乾杯しようと盃を手にとった。「飲むな」とクローディアスに制されたのに、「いいえ、失礼して、いただくわ~」と言って飲んでしまったのだった。

よく分からない人物だった。夫である王様が突然死んでから2か月で、死んだ夫の弟である新しい王と結婚してしまった。あとは、落ち込むハムレットや発狂するハムレットにおどおどするばかり。息子ハムレットを愛しているが、ハムレットのことをまったく理解できていない母親。ははん、母親の典型かな。あるいは女性の典型か。女性の嫌な部分をギュッと凝縮した人物かも?

ふわふわした感じの女性かな。そんなガートルードの一番印象に残っているセリフは、死の間際に「飲み物に毒が」ということを、はっきり伝えたことかもしれない。そのワインが、ハムレットのために用意された飲み物だったから、ハムレットに注意を喚起したかったのだろう。ガートルードが倒れるとき、王は毒のことを誤魔化そうとしていた。試合中のハムレットたちが流血していたから、「血を見て気分が悪くなったのだろう」などと言った。ガートルードは、ワインに毒が含まれていたという事実を明確にしなければと、最期の力を振り絞って「毒が!」と訴えたのだった。

どうだろう?

もしガートルードが前夫の生前から密かにクローディアスと通じ合っていたら。2人で共謀して先代王を殺害したとしたら。いや、面白くなりそうな気はするが、彼女のふらふらした性格では、そのような陰謀を実行するのは無理だろう。

 

レアティーズ(オフィーリアの兄、ポローニアスの息子)

理由もなく父をハムレットに殺され、大事な自慢の妹オフィーリアは気が狂って川で溺死。息子として、兄として、レアティーズはハムレットの死を求めた。復讐だ。

事故に見せかけてハムレットを殺したい王クローディアスと共謀することになった。レアティーズは、剣の試合で、先の尖った剣を使用し(試合では通常、剣先を丸めた剣を使う)、さらに剣に猛毒を塗った。これにより、ほんのかすり傷でも対戦相手ハムレットは死に至る。この作戦が失敗したときのことを考えて、念のため、王クローディアスは、試合で汗をかいたハムレットのために、飲み物を用意し、それに毒を仕込んだ。

ところが、王とレアティーズの企みは狂い始めた。ハムレットは試合が一段落するまで飲み物を飲もうとしなかったが、その盃を手に取り、息子の勝利を願って一口飲んだのはハムレットの母だった。その直後に、レアティーズの一撃がハムレットに入る。そして剣士2人が揉みあう内に、ハムレットはレアティーズの剣を手に掴んで、レアティーズに一撃。レアティーズの毒塗りの剣は一気に2人の命を奪うことになった。

男2人の血が流れた直後、ガートルードが倒れる。そして「飲み物に毒が」と言い残して死ぬ。誰かの陰謀であることを知ったハムレットは、部屋の入り口を塞ぐように命じる。すぐに「犯人はここにいる」とレアティーズが自白する。彼が言ったのは、毒ワインは王が用意したということ。それから、剣に毒を塗っておいたのでキミもオレも死ぬこと。

 

気付いたかい?そうなのだ。彼は王子であるハムレットに対して、丁寧な言い方であるyouではなくthouを使ったのだ。わたしが愛読する松岡和子氏が翻訳した『ハムレット』では、ここに訳注がある。

オフィーリア埋葬の場面では、レアティーズは父や妹の人生を狂わせた元凶であるハムレットに対してthouを使って声を荒げた。日本語で言うなら「てめえ」とか「貴様」という感じだろう。一方で、この死の間際のthouは、逆に親しみを込めてthouを使っているとされる。日本語で言うなら、友達に向かって「きみ」「おまえ(親しみを込めた感じの)」と言う感じかな。

松岡先生の翻訳は、このように、原文に関する注を入れてくれるので、英語に関心のある人間にとっては最適な翻訳である。わたしはもう、他の翻訳では満足できないのだ。

 

■筑摩書房さまへのお知らせ
松岡先生のシェイクスピア作品を全て電子書籍化してください。ほんの数冊しか電子書籍で読めない状況は残念です。それから、全巻購入するので何らかの割引を・・・(笑) 

 

普段からある程度英語に親しんでいる人間にとって、シェイクスピアの英語は決して難しくない。完璧に理解することを目指すのは大変だろうけど、趣味として作品をオリジナルの英語で鑑賞するということが目的なら、十分可能だ。アタマの悪いわたしでも楽しめるのだから、興味さえあれば誰でもそこそこ楽しめるはず。

その第一歩は、現代英語では消えてしまったthou/thy/thee/thineに慣れることだろう。一度他のヨーロッパ言語を学べば、ほとんど違和感なくthouにも慣れると思うのだが、そうでない場合は、少し面倒に思うのかもしれない。上記のとおり、thouの訳は怒りを込めた「てめえ」や「貴様」かもしれないし、親しみを込めた「きみ」「あなた」「おまえさん」などかもしれないので、文字だけ追っていくと分かりにくい。特に外国語として英語の古典を読む我々にとっては、文字だけでは判断しにくい。しかし、問題ない。オーディオブック音声や芝居動画であれば、声の調子で、怒りか、親しみか、判断できる。必死に英語テキストにしがみつくより、最初に一通り音声で聴いてみると良い。

かく言うわたしも、学生時代に少しだけシェイクスピアに触れていたにも関わらず、その面白さに気付けなかったのは、現代英語との違いに戸惑ったせいなのかもしれない。特にthouなどは、不要で無駄なものだと思っていた。ところが、時が経って、オペラや旅のためにヨーロッパ言語をいくつか学んだわたしは、敬称・親称の存在意義を認められるようになった。さらに、仕事で大量に英文を読み書きしてきたため、学生時代より、高度で専門的な英語の文章を、抵抗なく読めるようになっていた。古典文学を楽しむための下準備が出来ていたのかもしれない。そんなときに再びシェイクスピアと出会ったから、ご覧の通り真っすぐ吸い込まれてしまったのだ(笑)

もっとも、ヨーロッパ言語を学び始めた頃は、「丁寧な、あるいは目上の人に対するyou」と「そうではないyou」があることが嫌だった。それぞれ活用が異なるので、覚えなければならないことが増えるからだ。英語はどちらもyouで済むのでラクで良いと思っていた。

しかし、敬称・親称は2人の人間関係を表すものであり、注意すべき部分なのだ。同じ2人称が使われ続ける場合もあれば、2人の関係が発展・変化するにつれて、変化することもある。たとえば、他人として出会った男女が敬称で会話を始め、距離が近づく頃には親称で会話している。つまり、敬称・親称の変化は、実際の生活でも、物語でも、重要な意味をもたらすものである。だから、翻訳者の松岡さんは気になる変化を訳注で指摘している。

親称に慣れることは絶対に必要である。シェイクスピア作品の中で愛を語るときは、ほとんど必ずthou/thy/thee/thineが使われる。調べていないので100%確定ではないが、シェイクスピアの作品におそらくI love youという言葉は出てこないだろう。代わりにI love theeという言葉がある。敬称で愛を語ることが絶対にないという訳ではないが、ほとんどの場合は親しみを込めた親称を使う。それは他のヨーロッパ言語でも同様。

英語の親称thouが廃れたことは、2人の関係の変化を表すものが消えたというのが残念なだけでなく、詩的なリズムの喪失という意味でも残念だ。thy(キミの)はmy と、thee(キミに/を/へ)はme、thine(キミのもの)はmineと韻を踏む。それに、他にも何となくyou/your/you/yoursより多くの単語と韻を踏みそうな気がする・・・どうだろう? 道理で、会話で親称が使われなくなっても、詩の中では引き続き長いこと使われていたというのも納得できる。thouが消えてしまったのは、英語学習者としては歓迎すべきだが、文化的価値としては残念なことなのだと、シェイクスピアを知って改めてそう思うようになった。

 

人生最期の時、ハムレットとthouで会話をしながら、レアティーズは何を言ったと思うかい?

父を殺され、妹を狂わせ死に追いやった憎きハムレットと、レアティーズは自身の死の直前に和解を申し入れたのだった。なぜだろう。彼は、現在の王クローディアスが、先代王を殺したことなど知らないから、ハムレットの気違いの裏にあるものも知らないはず。ハムレットの置かれた状況を理解し、同情したというわけではない。

考え得ることとしては、レアティーズは、想定外だった自分の突然の死を悟って、咄嗟に自分の人生を振り返り、何か死ぬ前に懺悔すべきことがなかったか探してみた。しかし、ハムレットに死を与えたことぐらいしか思い浮かばなかったのかもしれない。死んだかわいい妹が愛していた男ハムレット。妹を埋葬していたとき、突然血相を変えて飛び込んできたハムレット。試合の前にポローニアスの件について誤ったハムレット。そんな場面を、振り返っていたのかもしれない。

王子ハムレットとは身分が違うとはいっても、オフィーリアだってそれなりの身分の娘。うまく周囲を説得して、納得してもらえれば、結婚だって可能だったはず。そうなれば、レアティーズとハムレットは義理の兄弟となるはずだった。剣の試合をしたり、酒を飲んだり、楽しい幸せな日々となる可能性は、ゼロではなかったのに。なぜこんな悲劇が起きてしまったのだろう。

シェイクスピア的な言い方をするなら、彼らが生きる社会を支えていた骨組みが「外れて」、すべてがバラバラに崩れ落ちてしまった・・・と言えるだろう。何かが外れてバラバラに壊れてしまうという意味のdisjointという動詞は、シェイクスピア作品には、よく出てくる。dis + joint、つまり接合されたものが、接合解除されてしまうということを表す動詞である。コロナ禍により、我々の社会を支えていたものもdisjointしてしまったのだろうね。ぐすん。あとはもう、何もかもメチャクチャに崩れ落ちていくだけ。

 

前述の通り、グローブ座でのレアティーズ役は小柄で元気な女性が演じたのだが、ストラットフォードでは体格のいい男性役者が演じていた。

 

クローディアス(新デンマーク王、先代王の弟、ハムレットの叔父・継父)

「なんと!剣に毒まで塗られていたとは!それなら・・・」と、レアティーズの毒塗り剣を握ったまま、ハムレットは父の弟である王クローディアスに向かった。王は抵抗する間もなくハムレットに刺されて倒れた。さらにハムレットは、母が飲んだ毒ワインを無理やり王の口に押し込み、「母上の後を追え」と叫んだ。こうして、剣の毒で死期が迫るハムレットは、ギリギリのところで、父である先代王を暗殺して王位に就いた叔父に、念願の復讐を果たしたのだった。

 

クローディアスは悪い人か?それはそうだ。庭でお昼寝中だった兄の耳に毒を注いで殺害し、王座を奪ったのだから。でも、どこで読んだのか忘れてしまったが、誰かが「ハムレット以外の登場人物は誰もクローディアスを悪く言っていない」と述べていた。確かにそうだ。ポローニアスは王のためにせっせと働くし、王妃ガートルードも愛に満たされている。誰も彼が王を暗殺したと疑っていないのだろうか?それとも暗殺は暗黙の了解で、周囲は納得していたのだろうか?ここで、クローディアス、実は結構イイ奴という説について少し語ろう。

一度、ハムレットはクローディアスを襲おうと思ったことがある。その場面では、クローディアスは部屋で一人、兄を殺したことの罪悪感に押しつぶされそうになっていた。犯してしまったことについて、どうすれば良いのか悩んでいた。懺悔の気持ちがある瞬間に殺しても地獄には送れないから、ハムレットはその場での復讐は諦めた。 

それから、何よりクローディアスは王妃を愛していた。王妃は先代王の妻だった。ハムレットの母親でもある。ということは、ハムレットが30歳だとすると王妃はあまり若くない。跡継ぎを産んでもらうことを期待しているのではないだろう。クローディアスの過去については不明だが、義理の息子であるハムレット以外に息子がいるというわけでも無さそうだ。クローディアスの、王妃への想いは、純愛と言えるかもしれない。兄王の殺害後、悲しむ王妃を口説き、たった2か月で結婚を決意させるために、どれだけ情熱を注いだのだろうね。心の支えを失った王妃は口説かれ易かったのか?そうとも言える。それとも真摯なアプローチに心を動かされたのか?その可能性もある。兄王殺害の目的は王位略奪だけではなく、ずっと前から好きだった王妃を奪って妻として迎えることも重要な目的だったのかもしれない。そこまでして手に入れたいほど魅力ある女には思えないのだが・・・(おいコラ、スズキさん!)

王妃ガートルードを愛するが故、王妃が溺愛する息子ハムレットを、自分自身の手で処分(つまり殺害)することを避けたかったクローディアスは、何とかハムレットと上手くやろうと努力した。ハムレットが自分の命を狙っていると気付いたときは、ハムレットをイングランドに送って、イングランド王にハムレット暗殺を依頼した。それが失敗に終わると、事故に見せかけ、剣の試合で、レアティーズにハムレットを殺させようとした。あれもこれも、せっかく手に入れた、愛する妃ガートルードとの関係を壊したく無かったからだ。ガートルードが何も知らずに、毒ワインを飲んでしまったとき、クローディアスが大事にしてきた愛は消えてしまったのだった。

王クローディアス、実はちょっとイイ人という説を意識した演出かどうかは分からないが、グローブ座の『ハムレット』ではこうだった。前述の通り、ローゼンクランツ(またはギルデンスターン)は手話役者が演じたのだが、流暢に手話で会話するハムレットやガートルードの横で、クローディアスは苦戦していた。一生懸命、親指をグっと挙げて場を盛り上げようと、引きつった笑いで誤魔化していた王クローディアスだったが、次にローゼンクランツ(またはギルデンスターン)が登場した場面では、なんとスムーズに手話で会話できるようになっていた。誰も見ていないところで一生懸命特訓したという設定か?だとしたら、憎めない人物だなぁ。なんだかなぁ。クローディアスについて、どう思うかい?

それに、ひょっとしたらクローディアスに殺された兄王、ハムレットの父の方が極悪人だった可能性もある。兄王は突然殺されたので、キリスト教世界において死ぬまでにやるべき罪の償いや、儀式を行うことなく、生前の悪をすべて背負ったまま、あの世に行った。そのせいで、とても恐ろしい目に遭っているという感じのことを、先代王は亡霊の姿で息子ハムレットに語っていた。いったい彼は生前、何をしでかしたのだろう。

 

王クローディアスのシーンの中で、記憶に残っているシーンは他にもある。あの「ポローニアスはどこだ」「食事中」の場面の続きに、ハムレットがクローディアスに向かって「お母さん、さようなら」と言うところがある。それに対してクローディアスはハムレットを見つめながら「ハムレット、(お母さんではなく)おまえを愛するお父さんだよ」と言う。するとハムレットは「父と母は夫と妻で、夫と妻は2人で1つの体、だからお母さん」などと言う。この奇妙な会話も気に入っている。ちなみにこの時点で既にクローディアスはハムレットをイングランドで死なせることを決意している。

ハム Farewell, dear mother.

王  Thy loving father, Hamlet.

ハム My mother: father and mother
      is man and wife;

           Man and wife is one flesh;
      and so, my mother.

 

いいねぇ。「ポローニアスはどこだ」に続く会話は面白い。こんなのもあった。結局、ハムレットはポローニアスを埋めた場所を明かすのだが、急いで確認させようとするクローディアスに「急がなくて大丈夫だよ!ちゃんとそこで待っているから」(死体だから動くはずないということ)なんて言っていた。やはり、あのシーンは、さらっと流すより、笑わせて欲しい。

 

あれれ?

グローブ座で、死んだはずの王クローディアスが、ムクリと起き上がった!

ギャー!お化け!!

兄王みたいに亡霊化したのか?!

 

いえいえ、グローブ座では、物語が終わった後に、役者たちがダンスを披露して閉幕する。このときも、舞台上にゴロゴロころがっていた4つの死体たちが、それぞれムクリと起き上がって音楽に乗って踊り始めた。誰でも踊れそうな簡単なダンスだった。劇中と同じ、ギョロっとした目と、唇を突き出した表情で、ゆるいダンスを踊るクローディアスに、笑ってしまった。ぷぷぷ。こうして、グローブ座では、死体だらけの凄惨なフィナーレでも、重苦しい気分を引きずることなく、笑って劇場を後にできる。ははは。

 

ハムレット(先代王の息子)

毒が塗られた剣でレアティーズに刺されて死亡。『ハムレット1』で語ったので、もう十分だろう。

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以上で第1弾『ハムレット』は終わり。

死のシーンを中心に、わたしが気に入った部分だけを、わたしの独断で選んで紹介してみた。断片的ではあるが、案外、大まかなストーリーが少し分かりかけてきたのでは?もし興味を持ったら、ぜひとも『ハムレット』の世界に足を踏み入れていただければと思う。一通り日本語訳を読んで、英語テキストを見ながらオーディオブック(YouTubeにもある)を聴いて、どこかでオンライン公開されている動画を探して鑑賞するというステップをオススメしたい。 

表紙クリック→Amazonへ (英語版 電子書籍は0円)

 

『ハムレット』を面白いと思ったら、翻訳者松岡先生と心理学者の故河合隼雄先生によるシェイクスピア対談本もぜひどうぞ。先日、2~3か月ぶりにこの対談本のハムレットの部分を読み直した。わたしが今回書いた3本のハムレットに関するブログ記事は、この本の影響を受けているということに気付いてしまった。わたしのブログ記事などより、この対談本の方がはるかに深い内容なのでオススメする。
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シェイクスピアが活動していた時代、疫病の流行により2年ほど劇場が閉鎖されたことがあったそうだ。さらに、シェイクスピアの死後、ピューリタン革命があり、娯楽がほとんど禁止されたので、劇場も20年ぐらい閉鎖されてしまった。ひどい話だ。人間がやることは疫病よりひどいぞ。

まあ、過去を知っても、今落ち込んでいるわたしたちにとっては、何の慰めにもならないけどね。

 

第2弾は『アントニーとクレオパトラ』を予定している。マーク・アントニーの死のシーンは傑作だ。シェイクスピア劇のあらゆる死のシーンの中でもイチオシなのだ。ただし公開時期も本当に執筆するかも未定。

 

はっきり言って、書く労力の割に、達成感もスッキリ感もゼロだ。これは、やはり無意味なことだった。

わたしが本当に望むことは何か。もう疲れた。いま本当にやりたいのは1人で遠くに行くこと。1人でヨーロッパの美しい田舎で2~3週間ぐらい休養したい。澄んだ空気と、青い空と、緑の山と、黄色いチーズ(笑) オーストリアの懐かしきブレゲンツの森がいい。日本人がいない、日本語が聞こえてこない環境に行きたい。日本の風景には少しも癒されない。何週間も猛暑が連続する日本は最悪な国だ。日本式の接客は便利なだけで面白くない。1~2泊だけの日本式バカンスなど何の効果もない。身近な人々と近場に留まって生きる日常にもまったく関心がない。喜びを感じない。自分が生きる社会に興味ない。1人で遠くに行くことが人生で一番大事なことだった。すごい快感だったのに。それを一番求めているときに、手に入れられない。ますます気分が滅入る。そんな人間はもう死ぬしかないのだろう。

 

こんな想いを、韻を踏んだシェイクスピア風の文章に仕立て直そうかな。自分もシェイクスピアの登場人物になれそうだ。ハムレットに匹敵するネガティブ人間スズーキィ。よし、腕に自信のある役者に、この役をオファーするぞ。いや、やめておこう。無意味だから。

 

新シリーズの序文および第1弾ハムレット(3記事)をお読みいただいた皆さま、ありがとうございました。熱中症とストレスに気を付けてお過ごしください。

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